プロローグ

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そして時間が経ち、あいうえお順で自己紹介が始められた。  自己紹介をする生徒はその場に起立し話し始める。  少し顔を赤らめながらも指定された項目を一つ一つ潰していくその勇姿をクラスメイトの大半が他人事かのように自分の自己紹介の事を考えているだろう。こういう時、人生の不平等さを強く感じさせられる。  けれど、聞くも聞かないも当人の自由といえば自由だろう。だからそれはそれでいいと思う。まあ、僕はなんとなく卑怯に思えてしまうため、人の話はちゃんと聞く。勿論、興味なんて微塵もない。  僕がそんな小さな事を考えている時にも自己紹介は進んでいる。結果的に僕も同類なのだと実感させられる。 「次は俺だな。えー、梅田修一。十月十日生まれ。サッカー部です。今年一年の抱負は、今年こそサッカー部でレギュラーになりたいです」  他のクラスメイトは噛んだりしているのにも関わらず、梅ちゃんは噛む事も赤面になる事もなく淡々とこなしていた。  それから続いていく人達も難なくこなしているようだった。何を始めるのにも一番は緊張するものだがそれ以降はどんどん難易度が落ちていくものだ。なぜなら、後の人間には十分以上の時間があり、言葉も綺麗にまとまっている。  そして、前者の失敗から学んでいるのだ。人間は本当にずる賢い。  梅ちゃんの後に五人程挟んで、僕の知っている女子生徒の番になった。 「上里彩花(かみざとさやか)です。えーっと誕生日はクリスマス…の一ヶ月前です。テニス部ですっ!今年一年というか、これからの目標は自分探しです!」  戯けた感じで言葉にする上里さんの自己紹介は、クラスに笑いを呼び込みかなりの好印象を与えることが出来たようだ。  彼女とは去年も同じクラスだった為、ある程度だがどういう人柄なのかがわかる。普段は少しアホっぽく振る舞う為ムードメーカー的立ち位置にいる事が多いのだが、本当は凄く真面目で定期テストのトップ常連さんだ。上里さんが定期テストの順位でトップスリーから外れたことはない。皆が知っているか定かではないが、僕は知っている。  何故なら、僕が定期テストで一度も勝った事がないのは上里さんだけだから。他の人ならば一度はまかした事がある。それなのに、上里さんにだけは勝てていない。何故か、上里さんが点数の悪い時には僕も悪く、僕が点数の良い時には上里さんも良い。何の因果か、僕は上里さんに勝てない人間なのだ。  テストの順位など気にする程の事でもない。そう思う反面、しっかりと悔しい感情がある。  次こそは勝ってみせるという決意を込めた視線を飛ばしていると、目が合った。  あれ?  目が合ったのは僕が見ていたからなのだが、上里さんは何故目を逸らさないのだろう。それが不思議で仕方ないと同時にある一つの答えに結び付いた。  上里さんは僕の敵意剥き出しの視線に正面から受けて立つと返しているのだ。  よし。決めたぞ。今年こそは、今年こそは勝ってみせる。 「小金川響子です。一月十三日生まれです。テニス部に所属しています。今年の抱負は、自分に勝つ!と言いたいところですが、甘い食べ物を我慢していく自信はないので平常運行でいきます。うふふ」  小金川さんが、多くの人気を得ているのは真面目な雰囲気を漂わせながらも意外と絡みやすく見える所なのかもしれない。  それから、数人が自己紹介を終え暗い声がぼそりと聞こえてきた。 「さ、佐伯圭太(さえきけいた)、です。た、た誕生は十二月二十日…です」  途切れ途切れの声を漏らす佐伯君を僕は密かに応援していた。けれども、ひっそりと聞こえてくる「た誕生日って何?」という小馬鹿にするような笑い。  佐伯君にもその声は聞こえている事だろうが、彼はめげずに自己紹介を続けた。 「パ、パソコン部です。今年の抱負は…特にありません」  そう告げて直ぐ席に腰を下ろした佐伯君。その弱々しさを見た運動部系の男子が「それありなん?」と反発的な声を上げた。 「それな!そんなら俺は誕生日なんて特にありません」  ふざけた会話にも不思議と笑いが起こるのがクラスのトップカーストの能力とも言える。とは言え、替わりたてのこのクラスにカーストなどはない。あるのはこれまでの実績と知名度だけだ。  運動部の男子は行事で前に出て行く傾向がある為、様々な人との交流が多く顔が広い。それに加えてイケてるオーラを醸し出している。そういう奴が正義になると言うのが学生の仕組みなのかもしれない。  一瞬話は脱線したが、自己紹介は続いていき、いよいよ僕の番になる。腰を上げ考えていた言葉を淡々と告げていく。そして座ればすべて終わりのはずだった。 「中森楓(なかもりかえで)。六月二十五日生まれ。えー、美術部に入ってます…」  至って真面目な話をしているのだが、美術部と告げた途端に何故か男子の笑い声が聞こえる。男が絵を描いちゃ変ってことなのだろうか。彼らは、偉大な絵師である、レオナルドダヴィンチが男だと言うことを忘れたのだろうか。  少し苛立ちを覚えつつも次の言葉を発しようとしたその時。上里さんの鋭い視線とぶつかる。そして、数秒固まってしまい慌てながらも口を動かした。 「こ、今年の抱負は…。えーっとまあ、様々なゴミ捨てをやります」  突然、上里さんと目が合うものだから考えていた言葉が吹き飛び、本心が出てしまった。けれど、クラスメイトは僕の口にした『ゴミ捨て』の意味を理解どころか、違和感すら覚えやしない。僕に興味がないのだから必然的な事だ。  自己紹介を終え、腰を下ろそうとしたその時。 「待ってください!」  教室内に女子生徒の声が響き渡った。その声の主は、小金川響子。  過半数以上の生徒は目を丸くしていた。無論、僕も似たような表情をしている事だろう。 「中森君。様々なゴミ捨てとはどう言う意味ですか?具体性に欠けるのでもう一度詳しくお願いします」 「は、はあ」  何を言っているのか、何を要求されているのか整理もつかぬまま相槌を打ち、考え始める。  彼女は僕の言った『様々なゴミ捨て』に違和感を覚え、その意図を知りたがっている。と。言う事であっているのだろうか。それ以外には思い当たる事はないが、万が一違ったときには余計にややこしい話になる。 それに、このタイミングでなければいけない理由が丸で分からない。  クラス中の視線が僕に集まる。 「えーっと具体的には、クラスのゴミ箱に入ってるゴミとか。部活中に出てきたゴミとか。家族の手伝いでのゴミ出しとか。ですかね?」  ありきたりな言葉を並べ、小金川さんの方に視線を向けると彼女は直ぐに口元を動かした。 「なるほど。そう言う事ですか、素晴らしいですね!私はてっきり、自分以外のゴミな奴らとの縁を綺麗さっぱり終わらせる。とかそう言う意味合いだと勘違いしていました。ごめんなさい」 その声は淡々としていて、人の温度すらかんじさせなかった。  そして、驚いた事に正解を言い当ててきた…。満点とまでは言えないが、確かに僕の考えていた事の一つに小金川さんが述べたことも含まれている。  まあ、数多くある内の一つに過ぎないのだが、それでも感激するべき事だろう。というよりかは、恐ろしい洞察力と想像力。  ただ、一つ言わせてもらうのならば、彼女が口にしたこととは全てなのだ…。  とはいえ、一年ぶりに対面した小金川響子は、人の心を見透かしているような、そう言った怖さがあった。出来ることならば、今後は関わりたくない…そんな事を思わされた。  教室内には重い空気が漂い始め、立っているのは僕と小金川さん。  この状況を一先ずはどうにかしなくては、と思っていると。教室内にんししししと言う独特な笑い声が響いた。  この変な笑い声が大吉だと言う事はそれなりの付き合いのなので、直ぐに気がつくことが出来た。 「小金川。そこの馬鹿はそんな裏を隠し持てるほど器の大きな人間じゃねーぞ。もう、こいつはほんっとに馬鹿なんだよ。んしししし」 「馬鹿みたいな笑い方する奴には言われたくないね」  つい、人前で普通にツッコミを入れてしまった。口が意外と悪いだとか、そう言った噂を流されたり敵が増えるのが嫌で我慢していたと言うのに。  これで、残りの高校生活は波乱になると思わされたが、意外とウケているようで。これこそ、まさに上里さんがやって見せた、万人受けする為のギャグというやつなのかもしれない。  奇しくも、大吉のベストフォローがあり、高校二年生の初日。それも自己紹介からコケるという凡ミスはなかった。  ただ、小金川さんの発言だけが気になっている。  特に無いと発言した佐伯君の時には何も言わず、俺の時にだけはいちゃもんをつけてくる。その行動には何か裏があるのかも知れない。  それを、ストレートに聞いてしまうのが一番効率的なのだろうが、僕にそんな事を聞く勇気も機会もなく、今日という一日は終わって行く。
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