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2 感謝予算と排出権取引 Q&A
Q 感謝予算が導入された経緯を教えてください。
A 本制度はわが国に蔓延する〈感謝義務〉なるものを撲滅するために導入された、一種の社会円滑剤です。
経済学では〈負の外部性〉と呼ばれる概念があるのは周知の通りです。なんであれ自分がコストを支払わない(か、もしくは限りなくそれが小さい)ものは過剰に消費されるという主張ですね。
工場排水で川が汚れても、被害をこうむるのは近隣の住民であって工場主ではありません。医療費がタダ同然であれば、寝起きにちょっとだるい程度でも病院へ駆け込む人が続出するでしょう。
わが国では古来より小さなことでも感謝せよという文化的不文律が君臨し続けてきました。これは一見すばらしいことのように思えますが、そのためにありがとうを言えない人間は一人前の大人でないという論調がはびこるばかりか、あげくの果てにはありがとうが洪水のように氾濫し、建前上の感謝と本音の感謝に区別がつけられなくなるという事態すら惹起せしめているのです。
Q 感謝予算の具体的なしくみを教えてください。
A 感謝予算とはいわばありがとうに課税する試みといえます。本邦の国民は年間に使用できるありがとうの回数を制限され、それはサンキュー券と呼ばれる有価証券で具現されます。具体的な数字は以下の通り。
0~5歳 5/年
6~10歳 10/年
11~20歳 20/年
21~60歳 35/年
61歳~ 45/年
サンキュー券は1月1日に全国民へ配布されます。券にはシリアル番号が付されており、偽造は原則不可能です(偽造した場合には刑事罰あり)。また前年分は翌日をもって無効となり、繰り越しは認められません(配達日の都合上、前年分は1月1日中まで有効)。
わが国ではありがとう(もしくはサンキュー、おおきに、その他すべての方言、言語を問わない)を使用したら、その場でサンキュー券を相手に渡さなければなりません。礼だけ述べて渡さない選択肢もありえますが、それは支払いを受けておいて商品を渡さないのと同義であると捉えられる覚悟が必要です。
サンキュー券システムは無制限に濫用されるありがとうがもたらず混沌を防止するだけでなく、人びとから本当の意味で感謝される聖人を容易に見分けられるという副産物をももたらす、画期的な制度なのです。
Q ありがとう排出権取引とはなんですか。
A ありがとうは有機水銀の排水に似ています。それは(個人がコストを負担しないので)無制限に排出され、垂れ流されればされるほど社会を感謝麻痺状態に陥らせるのです。
とはいえ個人に認められた感謝数だけでは足りないケースも出てくるでしょう。そうしたケースを想定し、本邦ではサンキュー券の売買を認めています。
高い地位にある個人は感謝をより多く消費する必要があるでしょうし、職を持たない社会と没交渉の個人はサンキュー券をだぶつかせたまま1年を終える可能性が高い。
ありがとう排出権取引は上記のようなミスマッチを解決する手段として導入されました。売買価格は当事者間の自由意志にゆだねられています。あえて自由化することにより、ブラックマーケットの出現を未然に防いでいるのです。
Q 排出権取引で不当に高評価を得ようとする個人が出てきそうですが……。
A 確かにサイン入りのサンキュー券を大量に購入すれば、書類上は聖人のように見えるでしょう。
しかしわれわれ日本人は真の感謝を受けてきた人間と、紙幣のみでそれを得た人間との区別がつかないほど愚かではないはずです。また評判を得たいがために恩の押し売りをする者も出てくるでしょうが、おそらく彼らが得られるのは軽侮のまなざしではないでしょうか。
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