0人が本棚に入れています
本棚に追加
「有里ー!」
病院の退院する時間、ぴったり10時にお迎えに来た雫に苦笑いをしつつ看護師さんにお礼を言う。それに従って雫もお辞儀をする。
特に荷物も入ってない軽いリュックを背負い雫の後を追う。
「そういえば一緒に住んでるんだっけ?」
「そうだよ、あー記憶ないから家分からない感じ?」
「そう、どんな所に住んでたのか気になって」
「普通のアパートだよーちょっと狭いかも」
なんて雫は軽口を叩きながら嬉しそうに歩いている。
私と久しぶりに帰る家なのがとても嬉しいらしい。
病院近くのバス停からバスに乗る、田舎でも都会でもない、ちょうど良い所だ。お店や駅は割とあるし住宅もある。私は新鮮な気持ちで外を見ていたがふとこんな事すら忘れている自分に悲しくもなる。名前くらいしか分からない私には雫だけが頼りだった。
「あ、次のバス停は大きなショッピングモールがあってその中にカラオケとかゲームセンターとか入ってるからよく遊びに行ってた所だよ!」
雫がそう私に教える、私はいったいどんな風に雫と遊んでいたのだろうか。
次のバス停の近くには大きな建物があり、壁に目立つように建物内に入っているお店を掲示していた。
「私と雫はどんな風に遊んでたの?」
ふと零すつもりがなかった言葉が零れた。
雫は一瞬戸惑いを見せたがすぐに考え込むような仕草に変わる。
「色々遊んでたよ、本屋さんで買いたい本をじっくり考えてようやく決めて買ったと思ったら解釈違いだーとか嘆いてたり、カラオケだと好きなアニソンたくさん入れて熱唱したし、ゲームセンターではプリクラを変顔で撮るのにハマってたり、…そう色々遊んでたよ」
「そっか、ちゃんと楽しんでたんだね、てか私結構なオタクだったんだ」
「その感じだと好きなアニメとかも忘れてるのかな…丁度いいから私を沼に突き落としたあの名作アニメ見せてまた有里を沼らせてやるー!」
バスに揺られながら雫の言葉に小さく笑いながら頷く。どれも私がしそうな事だ、私という人がどんな人だったのか記憶にはないけれどきっと私が好きそうだとは思ったので記憶を無くしたくらいじゃオタク魂は消えないらしい。
少し安心した、私が自分を見失っても自分の在り方は変わっていないのだと。
「次のバス停で降りるから準備してねー」
雫の言葉でそろそろ家に着くのかと思う。
準備するまでもない軽いリュックを膝の上から背中へと背負い降りる準備をする。
「白石公園前ー白石公園前になりますー」
バスの運転手さんがバス停の名前を言う。
何か思い出すことがあるかもしれないと思いながら降りて辺りを見渡しても記憶にはない、広々とした公園があるだけだった。
最初のコメントを投稿しよう!