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卒業式が終わり、写真だ何だと騒がしかった校舎前にも静けさが訪れた始めた頃、一人の生徒が校舎内に足を踏み入れた。
先生たちの、早く帰れよ、という言葉を全く無視して思い入れのある教室を見て回っていく。
「さて、先生はどこにいるかな」
目的はただ一つ。お世話になった先生に挨拶をすることだ。どうしても二人きりで話したいことがあった。
単刀直入に言うと、生徒はその先生のことが好きなのである。しかし、本当に伝えたいのはそのようなではない。
「何か改めて挨拶すると思うとちょっと緊張する。落ち着いて話さないと」
10も離れた年の差。教師と生徒という関係。その他にも様々な要因によって、想いを伝えることを諦めていた。それが自分にとっても先生にとっても良い道だと思ったのだ。
3年間、担任だった彼は校内で断トツに人気があった。お調子者でふざけたことばかり言う人だが、いざという時は頼りになる先生だったのだ。加えて、顔も整っているとあれば、上位層にいる女生徒は黙っていない。何度も告白を受けては断っている状況を目の当たりにしてきた。
この恋は叶わなくて良い。好きだったという事実があればそれだけで良い。思い出だけで十分だと自分に言い聞かせて拳を握った。
先生を探すついでに、思い入れのある場所、つまり、その先生との思い出が溢れている場所を一階から一つ一つ覗いていった。
誰もいない教室は傾き始めた日の光が差し込んで、どこか幻想的な独特の雰囲気を醸し出していた。思わずセンチメンタルな情に飲まれる。
「先生、どこにもいないんだけど」
思い出を噛み締めながらもあっという間に三階まで辿り着いてしまうと、いよいよ先生の姿は認めることはできなかった。会いたい先生はおろか、誰一人としてこの校舎内にいる気配がない。
他に行くところもなくて無意識に、どうしようもない想いの原点となる場所へと足が向いていた。
「ここは……そうだ。ここが始まりだった」
今でも鮮明に記憶が蘇る。それは高校2年生の冬のことだった。だんだんと夜の訪れがが早くなり、夏の同じ時間にはまだ高かった日が遠くの空で沈もうとする教室で二人、進路相談をしていた。
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