一日目

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一日目

 まずは、彼の人気についてである。  彼の元に結婚の申し込みが多いというのは、あくまで事実である。  確かに、彼は格好良い。頭も良い。才能もある。なんと言っても金がある。――が、どうして彼のもとに山ほどの手紙が届くのか、私にはどうしても理解が出来なかった。幾ら金を持っていようが、相手は彼、ベネディクトなのである。そこのところをみんな、どのように考えているのだろう。どう頑張っても外面が良いようには見えないから、よっぽど、彼に対する誤解があるはずである。  たまに、手紙では飽きたらず、直接屋敷に乗り込んでくる自称花嫁候補もいる。そんな女性に対しては、ベネディクトは丁重にお帰り願う。彼の考える、丁重、とは例えばこんな感じである。 「悪いが、私は女に全く興味が無い」  相手を傷つけないように配慮した、最大限の台詞がそれらしい。  とはいえ、それくらいで引き下がる女はいない。女に興味が無いという男ほど、堕ちた時ははまりこむものである。大抵は諦めきれずにまたやってこようとするのだ。が、中には変わった考え方をする人間もいる。その翌週、やってきたのはその女の兄だった。 「悪いが、男にも興味は無い」  ベネディクトはあくまで平然とそう答えた。そこは、突っ込むべきところではないのだろうか。――ていうか、正気かみんな。金に目が眩んで正常な判断が出来なくなってるのは間違いない。  そのため、彼の屋敷には、結婚の申し込み状や贈り物を押し込むためだけの部屋がある。私の使っている部屋と同じだけの広さがある部屋だが、なんと、そのほとんどが奇特な人間が送ってくる贈り物で埋まってしまっているらしい。天井まである書棚のしきりには、おそらく差出人の名前だろう、人の名前が彫ってあり、中には書状が整然と並べてある。床には宝石やら剣やら壺やら絵画が、やはり名前ごとに綺麗に並べておいてある。  初めてそこに足を踏み入れた私は、ぽかんと口をあけた。 「なにこれ。全部、結婚の申し込み?」 「全部かどうかは、目を通したことがないから分からない。暇な人間がせっせと送ってくる代物を、暇な執事がせっせと並べているんだ」 「何のために?」 「さあ。手紙の重さで結婚相手を決めても良いと言った私の戯言を、まさか本気にしているわけではあるまいが」  そういうと彼は、女性の名前が書かれた棚から無造作に手紙の束を取り上げた。ざっと百近くはあるだろうか。これが全て同じ差出人から届いたラブ・レターだとすると、何ともご苦労なことである。ある種尊敬の念を抱き、感心している私に、彼は手紙の束を押し付けた。 「何?」 「あっちの部屋に運ぶから、持っててくれ」 「運んでどうするの?」  彼は私の疑問を聞きながらも、どんどんと私の手の上に紙を乗せていく。両手で抱えるようにしてそれを受け止めている私に、彼はあくまで平然と言い放った。 「厨房で、薪が足らないらしい」 「燃やす気なの!?」 「もちろん、通常、紙は燃やしたところで燃焼効率は悪い。だが、加工次第では十分に燃料として使用できるんだ」  ――私が言いたいのはそういうことじゃない。  そう言いたいのは山々だったが、言ったところでロクな回答は返ってこないだろう。何せ、手紙の厚みで結婚相手を決めるなんて戯言を吐く人間である。手紙の中に書かれた心のこもった文面など、彼にとっては灰ほどの価値も無いらしい。    とは言え、手紙を燃やして作られたオニオンスープは、やはり普通に美味しかった。差出人の皆さん、ごめんなさい。
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