1 その日/朝

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 陽奈には歳の離れた兄がいる。どのくらい離れているかと言うと、陽奈が小学生の時分にはもう家を出て働いていたくらいだ。まあ、家を出たのは両親と折り合いが悪かったせいもあるのだが。  と言っても、その兄、成司は酒も煙草もやらず、成績が悪かったのでもなければグレてもおらず粗暴でもない。  なのに両親と折り合いが悪かった原因は、ひとえに女性運のなさというか、女性との縁の薄さにあった。  別段イケメンでもないが寄ってくる女性は結構いるのに、交際が続かない。独り立ちしてからは結婚までいったこともあるのに、それも長続きした(ためし)がない。陽奈も兄が二度結婚して二度とも離婚したまでは覚えているが、それ以降はお相手がいるのやらいないのやら、曖昧なままである。  最初はきちんと身を固めなさいと(さと)していた両親も、式まで挙げた結婚が二度も破局するに至って激怒を通り越しほぼ無視の態度となり、兄のことを聞いても知らないの一言で終わる状況が続いている。兄もそれを察してか、この数年来は家に顔も見せなくなっていた。 (……兄ちゃんの何がいけないんだろ)  右から左に過ぎ去る車窓の景色を見ながら、ぼんやりと思う。  年が離れているせいか共通の話題もなく、遊んでもらった覚えも特にないのだが、それでも顔を見せなくなるまでは誕生日だとか入学とか卒業とか、イベントがあるたびまめにプレゼントをくれた記憶はしっかりある。  それだけで陽奈の中には「兄ちゃんはいい人」のイメージが定着しているのだから、プレゼントの効果恐るべしという他ない。  いや、もちろんプレゼントだけではなく。性格も別に口うるさくはないし、かといって自分の世界にこもるわけでもなくて、陽奈が学校や友達のことで愚痴るのを時折頷きながら聞いてくれもした。  他の男どものように「こうしたほうがいい」などと半端な解決策を出したりはせず聞き役に徹するところがポイントが高い。家事のスキルは未知数だが、こういう性格だけでも兄は結構優良物件だと思うのだけれど。
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