ありがとね

6/7
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 もう、事後報告で、いいや。  そんな諦めを抱えて、アームカバーも抱えて、出勤。  社会人になって何年も何年も経ちますが、上司に報告する、という行為が苦手です。  タイミングを逃しまくり、出勤から約2時間後。  ふみさんの車椅子を押す上司の姿を見つけ、チャンスとばかりに駆け寄る、わたくし。余談ですが、介護現場では走ってはいけません。 「これ、よかったら、ご利用者様用に使って下さい! ふみさんとか」  ふみさんに限定せず、アームカバーの使うあてを上司に委ねます。でも、上司はふみさんに使ってくれました。  可愛い!と上司はテンション高く、ふみさんの手にアームカバーを着けてくれました。  ふみさん本人は、車椅子に座って熟睡しています。認知症に因り、2日間起きて2日間眠る、というサイクルを続けているのです。私が夜勤のときの出血騒ぎの日は、夜通し起きる日だったのです。  ふみさんが目を覚ましたとき、私はふみさんに自慢してしまいました。 「これ、私が編んだんです」  ふみさんは、つぶらな瞳をぱちくりさせ、ふくふくしたほっぺたを綻ばせました。 「しゅごいね! ありがとね」  それから、ふみさん。アームカバーを外して満足そうに抱きかかえてしまいました。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!