誰にも見られていない桜が一番美しい

2/10
前へ
/10ページ
次へ
櫻花(おうか)、今日だな。(ぜん)の物はとびっきり腕をかけて作るからな」 「あれまあ。吉原(ここ)に来た時はまだ小さかったというのに。これから面倒な事は遣り手(私たち)(遊女達の監督などをする人)がするからどんどん働きなよ」 「おめでとう。ようやく一人前になるのでありんすな」  廊下を歩くだけで皆、口々に祝いの言葉を言う  その度に私は笑顔を作る。  吉原(ここ)に来て初めて覚えたのは「笑顔」だった。  どんな時も、笑顔を作っていれば皆んなが笑って、褒めてくれた。 「──君の笑顔はまやかしだ」  そう指摘したのは「かおくん」だけだった。 「……(はつ)」  部屋に入ろうとすると、その優しい声が聞こえた。楼主(おやじさま)の息子、歌翁(かおう)様が向こうからやってくるところだった。 「かお……歌翁(かおう)様」  歌翁(かおう)様は私をじっと見つめると口を開きかけて止めた。  私はそんな彼を見ていたくなくて、すぐさま部屋へと入った。  歌翁(かおう)様は私の廓での幼なじみだった。  そして今でも源氏名ではなく私の本名の(はつ)と呼ぶ。  歌翁(かおう)様は幼い時に交わした約束を未だ守ってくれている。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加