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「櫻花、今日だな。膳の物はとびっきり腕をかけて作るからな」
「あれまあ。吉原に来た時はまだ小さかったというのに。これから面倒な事は遣り手(遊女達の監督などをする人)がするからどんどん働きなよ」
「おめでとう。ようやく一人前になるのでありんすな」
廊下を歩くだけで皆、口々に祝いの言葉を言う
その度に私は笑顔を作る。
吉原に来て初めて覚えたのは「笑顔」だった。
どんな時も、笑顔を作っていれば皆んなが笑って、褒めてくれた。
「──君の笑顔はまやかしだ」
そう指摘したのは「かおくん」だけだった。
「……初」
部屋に入ろうとすると、その優しい声が聞こえた。楼主の息子、歌翁様が向こうからやってくるところだった。
「かお……歌翁様」
歌翁様は私をじっと見つめると口を開きかけて止めた。
私はそんな彼を見ていたくなくて、すぐさま部屋へと入った。
歌翁様は私の廓での幼なじみだった。
そして今でも源氏名ではなく私の本名の初と呼ぶ。
歌翁様は幼い時に交わした約束を未だ守ってくれている。
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