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それからしばらくしてかおくんと会った私は驚いた。
そこにはあの、コロコロと笑い、私の涙を自らの袖で拭ってくれる人はいなかった。
にこりともせず、足抜け(逃げ出す)した遊女を折檻し、遣り手達に厳しい指導をする。そんな、まるで人が変わってしまったかおくんしかいなかった。
「歌翁様」
「歌翁様」
そう皆、口々に媚びへつらっていた。
袖の下を渡す者、美辞麗句を言う者、影で悪く言う者。
たった数年でかおくんは亡八(人としての仁義を忘れた人間。楼主への揶揄)見習いに成り下がってしまったのか。
そう思っていたある夜、一人うす暗い廊下を歩いていると、突然空き部屋であるはずの部屋に腕を引き込まれた。
その正体は酔った客だった。
「何をするんでありんすか」
その客はやや呂律の回らない口で笑った。
「うん? お前、新造か? ちっ、んだよ。花魁じゃねーのかよ」
そして私に抱きついた。
「ちょっと。やめてくんなんし」
誰か、誰か。
必死でその腕から逃れようともがく。
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