誰にも見られていない桜が一番美しい

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 あんなに綺麗だった青い空が、ゆっくりと海の底みたいな色になってゆく。  そして、いよいよ私は部屋に呼ばれた。 「櫻花(おうか)、近づいて顔を見せておくれ」  うす暗い部屋に二人きり。  螺次郎(にしじろう)様は下卑た顔で笑い、手招きする。 「大丈夫、ちと寄るだけだ」  ああ、これは終わりの始まりだ。  吉原(ここ)に売られた時から覚悟していた。  ここがどんな所で、どんな事をするのか、を。  私は螺次郎(にしじろう)様にゆっくりと、焦らすように近づく。  螺次郎(にしじろう)様は深いシワの入った手で私の頬を撫でた。 「綺麗だよ。楼主の言う通り、まるで美しい一輪の花だ。ああ、頬が桜色になって。これから摘んでしまうのが勿体ないくらいだ」  私は震える手で三つ指をついた。 「よろしくお願いいたしんす」  そして私は、姉様たちから教えられた(ねや)の作法通りに帯をほどきはじめ──。  ガラリ。  勢いよく(ふすま)が開く音がした。 「誰だ!?」  螺次郎(にしじろう)様が振り返ると、そこには想い人が立っていた。 「その()を離せ!」 「お前は……楼主の息子!? なんでこんな所に来たんだ!」  螺次郎(にしじろう)様は唾を飛ばしながら叫ぶ。 「俺は客だぞ! いくら払ったと思っているんだけ。櫻花(こいつ)は俺の好きにさせてもらう」  そう言って私の襟元(えりもと)をはだけさせようとした。 「汚らわしい手で触るな!」  歌翁(かおう)様は螺次郎(にしじろう)様を力一杯拳で殴りつけた。  その衝撃で、鼻血で布団が紅く染まる。 「おおい、誰か! この馬鹿息子を掴み出せ!」  怒鳴る螺次郎(にしじろう)様をよそに歌翁(かおう)様は私に駆け寄った。 「どうして……?」  こんな事をしたら、いくら楼主の息子でも折檻(せっかん)される。失うのは腕一本では済まないかもしれない。 「どうしても。(はつ)を、他の男に摘ませたくなかったから」  そう言って手を差し出した。 「(はつ)」  瞬きをする程の短い間、私の脳裏は様々な思いが走馬灯のように駆け巡った。  私は、かおくんの手を取った。
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