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冬が過ぎて、雪が溶け、地に再びの緑が顔を見せ、頭上に白いコブシの花が咲く。
ゆっくりと体を引きずるように、私は力を振り絞った。気を抜けば、倒れてしまえば、もう辿り着けないだろう。
咲き始めた花が笠のように守る墓碑。小さく、そこに名はない。だがこの場所に彼を葬ってやりたかった。ここは、婚礼の儀式を行った泉の脇にある木なのだ。
「ごほっ! ぐっ……」
側の木に手をつき、咳き込む。その手に僅かに赤い色がついた。もう、時間はあまりないのだろう。苦しくてたまらないが、これが最後の意志だった。
やがて開けた泉を背にする大きなコブシの木が見える。その麓にひっそりと建つ墓碑も。
ようやくだ。彼を失ってもう10年以上が過ぎた。約束したのだ、後は追わないと。ちゃんと、生きていくからと。だがそれは、あまりに長く寂しく、苦しい時間だった。
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