46人が本棚に入れています
本棚に追加
◆◇◆
それより、10年以上が過ぎたのだ。
終の棲家にと選んだ家は小さいが心地よく、木の温もりのある場所だった。
テーブルに椅子は二つ。食器も二人分。ベッドも二人で眠るために大きな物を用意していた。そこに独り寝の夜、どうしようもない虚しさと寂しさに何度も泣いた。戻らない者を思って、枕は幾夜も私の声を吸い込んだ。
あの子の墓は思い出のあるコブシの木の根元に作った。私が死ねばそこに同じくと仲間にお願いして。
それからは、穏やかだった。森の子等に私は知識を与え、昔語りをしてやった。賢者様と呼ばれ、親しんだ子も今ではすっかり大人になっている。
近年、70を越える年齢の為かすっかり弱くなって伏せる事も多くなったが、そんな私を世話してくれたのはこの時の子等だった。移ると大変だから寄るなと言うのに、まったく聞きやしない。
有り難かった。少なくとも一人で居る時間が半分になり、私は私の命の意味を少しはこの森に返してやる事ができた。
到着したあの子の墓碑の横に腰を下ろし、幹に背を預けて見上げる。弱くなった視力にも、まだこの美しい花は見えている。
「もう、よいか? 私は頑張ったよ、ラウル」
其方と出会い、其方を愛おしみ、其方と幸せな時間を過ごし……失って。それでも私は生きたよ。悲観するのではなく、命の最後まで使い切った。それでももう、疲れたのだよ。
苦しくなって咳をする。その手に、白い服に、ぽたりぽたりと赤が散る。その昔、死にかけた事があった。あの時はとても恐ろしい事のように思えた死が、今では怖くない。
おそらくあの子がそこにいるからだ。苦しく痛いはずなのに、穏やかなままでいられる。
はらりと、白い花が降り積もる。妙な事もあるものだ、まだ散るには早いというのに。まるで葬送のようだ。
『シウス!』
「!」
明るい声が私を呼ぶ。そしてはらり散る白花の先に、あの子がとても穏やかに微笑んで立っている。
「あ……」
幾度となく流した涙が再び、頬を伝いおちていく。会いたかった、声を、名を呼んで欲しかった。微笑んで欲しかった。其方の笑顔は私の癒やしで、私の幸せだったのだ。泣き疲れた顔ではなく、綻ぶように笑っていてほしかったのだ。
よかった、痛くはないのだね。もう、笑っていてくれるのだね。苦しい事もないのだね。私の事を、迎えにきてくれたのだね。
手を差し伸べられる。それに、私は必死に手を伸ばした。触れたその手が強く掴んで引き寄せられると、不思議と痛みや苦しさは消えた。私は、死んだのだと悟った。
思わず目の前の彼を抱き寄せ、必死にかき抱く。そして私は声を限りに泣いてしまっていた。
「ラウル……ラウル! なぜ私を置いて逝った。なぜ……」
「シウス」
「其方のいなくなった世界で、私にどう生きろというのだ。意味も失って、どうやって過ごせばいいか分からぬ! 二人の為のものを見るのが辛かった。約束などしなければ良かったと何度も己を呪った。其方と居られぬなら、その後の事など何の意味もないというのに!」
言えなかった事が溢れ出る。こんな事をこの子に言ってもなんにもならない。悲しませてしまうだけだと分かっているのに、止まらなかった。
押し込めてきた年月が長かった。あれだけ好きだった花を、見に行くことが怖くなった。隣にあるはずの影がないことに苦痛を感じたのだ。
背に、手が回る。ギュッと抱きしめるラウルが「ごめんなさい」と小さく謝る。強く抱き寄せたまま、私は首を横に振った。
「すまぬ、其方も死にたくて死んだわけではない。分かっている。こんなこと、責めても……」
「でも、シウスを悲しませてしまった。苦しませてしまいました。ごめんなさい。でも、僕はずっと見ていましたよ」
微笑んだラウルが頭を撫でてくる。慰めのようで、自然と心が落ち着いていく。
「さぁ、これからはずっと一緒です。シウス、今度こそ手を離しませんから」
延べられる手を取った。そして、共にあった頃のように隣り合って歩いていく。コブシの花は道行きを清めるように舞っている。
愛しているよ、ラウル。これまでも、これからも、私の側にいてくれるかい?
はい、勿論ですシウス。僕も、愛しています。
END
最初のコメントを投稿しよう!