【もう大人しく世話をさせろ】

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 仕事終わり、俺は何故か自宅に帰る事もなく空いているミーティングルームで一人の青年を前に仁王立ちしている。ジャケットを乱暴に脱ぎ、ネクタイを緩め、腕を組んで。こんな姿部下にも見せた事はない。  目の前の青年は当然のように正座して小さくなっている。ふわふわと柔らかな茶色の猫っ毛に、丸い大きな目。見た目にも高校生で十分通じそうな青年は思いきり反省顔だ。 「おい、これで何回目だ」 「すみません」 「俺の部下が偶然見つけたから事なきを得たが、あのまま連れ込まれていたら何をされていたか分かってるのか」 「あの、はい、えっと……」 「もっと自分を大切にしろ」 「はい……」 「……はぁ」  もう、どうしたものだか。  こいつ、御堂誉は色んな意味ですれていない。とにかく自分の認識が甘い。可愛い顔で隙だらけ、世間知らずで他人を疑わない。そして何故か、エロ親父を引っかけまくる。  いや、別にこいつが好き好んで引っかけているわけじゃない。そういう人間に好かれるんだ。そもそも出会いがそうだった。悪い友達に連れてこられた発展場に置き去りにされ、自分がどんな場所にいるかも分からないまま話しかけられた明らかに悪そうな男に連れて行かれそうになっていた。  今日は俺の社で新卒を対象に就職面接が行われていた。誉は今年大学4年、絶賛就活中だ。  正直俺はこの会社をこいつに勧めなかった。それというのも大手企業だからそれなりに厳しい部分がある。新卒だからと言って甘えてもいられない。中の人間である俺が言うんだ、間違いはない。  それでも誉はここを受けた。こいつ、これで勉強は出来るし出自もいいから書類審査と学科試験は問題なく通る。問題は面接だ。ぽやっとした性格のせいで出遅れる。周囲はなんとしても入りたいと思う肉食獣ばかり。こいつが勝てる相手じゃない。  実際ダメだったのだが、そこで試験官をしていた人事の狸ジジィが「特別に」と声をかけ、使っていない備品庫につれて行こうとしているのを俺の部下が見つけて俺に報告、上着をひん剥かれた所で救出となった。  何度目かも分からない溜息。それに、誉はしょんぼりと項垂れた。 「どうしてここに入りたいんだ。厳しいぞ」 「……相沢さんと一緒に、お仕事がしたくて」 「余計に勧めないな。お前を助けた俺の部下を見ただろ。俺は厳しい」 「げっそりしてました」 「仕事は激務だが定時で帰してるんだ、サービス残業しろというよりいい上司だぞ」  ちなみにうちのチームでは自宅残業も休日出勤も厳禁にした。そんな事をしなくてもきっちり日中やればノルマもこなせるし、目標も達成できる。俺は出来ない仕事を部下に割り振った記憶はない。 「それでも、一緒にお仕事がしたかったです」  珍しく言い募る。正座のまま俯いているのに、誉はギュッと手を握っている。案外頑固だ。 「どうしてそこに拘るんだ?」 「……俺、いつも相沢さんに頼ってばかりです。就活もまだ、内定一つももらえていませんし。おっちょこちょいで、危なっかしくて、料理もダメで。自分が少し情けないんです」  珍しく落ち込んだ顔をする誉を、俺は落ち着いて見ている。こいつの気持ちを少し、考えなさすぎたかと。  誉は華族の出で、家は今でも立派だ。祖父という人は政治家だし、父親もそうだ。母親は茶道の家元で、兄は父親の秘書をして将来政治家。姉は日本舞踊と華道の先生をしている。  そんな家の末っ子だ、甘やかされて生きてきた。20歳になったのを期に一人暮らしを始めたが、父親の用意したマンションに家政婦つきときたもんだ。こいつの両親に挨拶に行くことになった日なんて、俺は胃が痛くて食べられなかったくらいだ。  だから、家事など最初から期待していない。洗濯だって最近ようやく間違えずにやれるようになった。俺としては家に帰って誉がいてくれるだけで十分なのだが……それは、俺の都合だな。こいつからしたら、悩んだんだろう。  溜息一つ。俺はしゃがみ、誉の肩を叩いた。 「そんなに俺と仕事がしたいか?」 「! はい!」 「じゃあ、これから面接を行う」 「面接?」  不思議そうに首を傾げた誉を真っ直ぐに見て、俺は頷く。俺も正面に座り、面接官らしい顔を作った。 「名前は?」 「? 御堂誉です」 「現在、付き合っている相手はいますか?」 「え! あっ、はい。あの、相沢慎一郎さんです」 「その相手とは現在、一緒に住んでいますか?」 「はい、あの。あの、相沢さんこれ、なんの面接」 「では、君はその人との生活をどのようにしたいと思っていますか?」 「え? あっ……」  戸惑いばかりだった表情が曇る。僅かに伏せられる視線。返ってこない言葉。だが俺は信じている。誉は逃げないと。 「俺は、まだまだやれる事が少なくて、相沢さんは大人で色んな事ができて、とても釣り合いません。でも、一緒にいたいです。少しずつでいいからやれる事を増やして、人としても認められるようになりたいです」  最後にはちゃんと顔を上げた誉の強い視線。強情で、意地っ張りな表情。これが案外好きなんだと言えば、こいつはどんな顔をするのだろうか。 「……では、雇用条件は休日の食事の準備を一緒にすること。俺が仕事の時には洗濯を頼む。家に帰り着いたら必ず定時連絡を入れる事。どこかに行くときは行き先と同行者を知らせる事だ」 「え?」 「以上、内定は出したぞ。受けるか? 受けないか?」  多少、揺るんだ笑みが浮かんだだろう。呆けたような誉の顔を見ると力が抜ける。だが、それを求めているんだ。仕事の疲れもこいつがいることで抜けていく。笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれるだけで満足している自分がいる。それを、いい加減認めていい気がしたのだ。  目の前の誉は丸い目を更に丸くして、ちょっとうるうるしている。そして赤べこのように何度も頷いた。 「うっ、受けます!」 「では、家(職場)に行こうか」 「はい!」  お前との仕事はこんな寒々しい場所ではなくて、温かな我が家で。これからは休日の度、並んで食事を作ろう。これも立派な仕事だろ?  乱暴に掛けていた上着を手に取り、置いてあった鞄を持つ。その隣に誉が並ぶ。こんなのもまぁ、悪くないだろう。 ~おまけ~  その後、誉は無事に近所の図書館に就職が決まりましたとさ。 END
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