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訳も分からず異世界というとんでも世界に飛ばされて半年、未だに俺の役割はわからないままだが、生活はどうにかなっている。それというのも俺を保護した騎士のランベールが良くしてくれるからだ。
本当に、犬みたいな奴だと思う。シャキッとしていれば王子様みたいなイケメンキラキラ男なのに表情が多く、ちょっと気のない顔をしただけでぺしょんと萎れた顔をする。
10も年上の男が可愛いなんて思うのは、こういう部分なんだと思う。
でもやっぱりかっこいい。何かあればキリッとした顔をするし、助けてくれる。心細い日は側にいて話を聞いてくれて、ずっと肩を抱いている。
頼もしい。でも、ちょっと悔しい。男として確実に上という相手を前に対抗心があるけれど、そういうのも含めてガキっぽく思えてしまう。
何にしても、俺の異世界ライフはライによって支えられている。
◆◇◆
この日、俺は馴染みのカフェにいた。ライにばかり世話をかけるのも申し訳ないし、一向に元の世界に戻れる気配もない。このままこの世界にいるなら働かなければ自立できないと訴えたら、大喧嘩の末にこのカフェを紹介された。
ここは王都から少し離れた森の手前にあるものの、落ち着いていてのんびりとしている。30代くらいのおっとりとした女性が店主で、辺りは植物が多く来る客も常連や旅人含め比較的穏やかだ。
なんでも彼女はかなり強い魔術師らしく、そもそも心の醜い人はこの場所を見つける事すらできないとか。そういう場所なら働いてもいいと許可が下りるまで、俺達は二週間以上も喧嘩していた。
「あら、降ってきましたわね」
木製の窓枠の外、すっかり暗くなった空を見上げた店主のアイヴィスさんが立ち上がる。カウンターの奥にいた俺は困って窓の外に目を向けた。
「これ、酷くなりそうね。ライ、来られるかしら?」
この世界に車や電車はない。移動手段は馬車か馬だ。そして俺はここで働く条件として、行き帰りをライに任せている。
「ユヅくん、防寒具着てきていないわよね?」
「あぁ、はい。昼はまだ暖かかったので」
「そうよね。あっ、私が着ていた物ならあるから出してくるわね」
「え! でもアイヴィスさんのって、女性物ですよね? 俺、一応男なんですけれど」
それで無くてもこの世界では俺はチビだ。時々女性にも身長を抜かされる。顔立ちも幼いらしく、実年齢よりも子供に見られる事が多い。
そんな俺の懸念を分かっているのかいないのか、アイヴィスさんは笑って立ち上がった。
「大丈夫、私と体型的にそんなに変わらないわ。確か、シンプルで温かいのがあったはず。ちょっと見てくるわね」
「……有り難うございます」
そのシンプルがどうか男でも許容できる範囲であることを願おう。
アイヴィスさんが奥へと行ったそのタイミングでドアベルが鳴る。視線を向けると頭や肩に雪をこんもり乗っけたライが白い息を吐きながら入ってくるところだった。
「ごめんね、ユヅル。遅くなったかな?」
少し申し訳なさげに青い目を細めるイケメンが笑うのを見て、俺はタオルを掴んでカウンターから駆け出た。
「バカ、こんな天候だってのに無理すんなよ! 髪も服もベチャベチャじゃないか!」
腕をむんずと掴んで店の中に引っ張って行き、暖炉の前に座らせる。そして頭からタオルをかけてわしわしと犬でも拭くように髪を拭いた。
「心配になってしまって」
「最悪ここに泊まれるから大丈夫だって言ってるだろ。無茶するなよ」
「あはは、すみません。でも、俺が寂しいんです。ユヅルがいないと、俺が落ち着かないんですよ」
綺麗な金髪をグチャグチャにされているのに嬉しそうに笑っているライを見ていると、ちょっと胸の奥がザワザワする。俺は今、この違和感を見ないようにしている。
「ってか、手も全部冷たいし! 上着貸せ! あーぁ、これも水吸って重い!」
「今日の雪は少し水っぽいので、あっという間に濡れてしまって」
「無理すんな!」
「あはは」
世話を焼かれているのに楽しそうなこの人が、俺も放っておけないのだ。なにせこの人、騎士としては大変優秀らしいのだが生活能力が皆無。食事は外食、部屋はゴミ部屋、服はクリーニングという大変金のかかる生活を送っていた。
こんなんで今までどうしていたのかと思えば、つい一年前までは宿舎にいたとか。でもそこも新人が入れば手狭になる。そうなると給料のいい上官が外に出て一人暮らしをするのが一般的。ライもそれで出ざるを得なかったらしい。
まさに渡りに船で俺が家の事を色々しているのだが、それにしてもだ。
「ん? いい匂いがしますね」
「あぁ、シチュー作ったんだ。パンも焼いた」
「本当に! 食べられますか? 出来てますか? お腹空きました!」
ぱっと目を輝かせるライを見て、近所の犬を思い出す辺り俺はこいつをどんな目で見ているんだ。
溜息をついたそこにアイヴィスさんが黒いダッフルコートを持って戻って来て、ライを見て溜息をついた。
「きたの?」
「いけませんか?」
「まぁ、分かっていたわ。はい、ユヅくんコート。手袋もあったからどうぞ」
「あっ、すいません! 有り難うございます」
よかった、許容できる範囲だ。俺はほっとする。そしてなんだか背中の視線がちょっと痛い。
「まぁ、ご飯でも食べていきなさいな。ユズくんのシチュー美味しいんだから」
「知っています。ユヅルの料理はどれも美味しいんですよ。可愛いし、癒やされます」
「はいはい」
……俺は愛玩動物なのだろうか。そんな疑問も浮かぶ今日この頃だった。
何はともあれシチューを皿に盛り、パンもバケットに入れ、サラダも出す。そうして三人で賑やかに食事をしている間に雪は少し収まってきたが、その分冷え込みが強くなった。
「本当にこの中で帰るの?」
「えぇ」
「泊まっていけばいいのに」
馬にはしっかり防寒対策をしているのに、ライ自身は普段と変わらない。騎士団の上着だけ。手袋もコートもマフラーもしていない。
俺は色々借りたからしっかりだ。それでも吐く息が白い。
「明日の天候も分かりませんし、休めませんから」
「そう。ユヅくんは明日の天気見て、雪が降ってたらお休みしていいわよ」
「すいません」
「いいえ」
手を振って見送るアイヴィスさんが遠ざかる。俺は馬の前側に乗せてもらって、月明かりだけの夜道を進んだ。
手綱を持つライの手はどう見ても冷たそうだ。外も心なしか暗い。それでも彼の目は見えているのだろう、迷いがない。
「ライ、寒くないか?」
「ん? ふふっ、平気です。慣れていますから」
「すごいな。俺は寒いの苦手だ」
元々そんなに寒い場所に住んでいなかったから、実は雪も珍しい。気分的にはちょっとはしゃぎたいが、寒さが身に染みて実行には移せない。
少し寒く小さくなっていると、ふわりと背中が温かくなった。ライが身を寄せている。
「重い」
「でも、温かいでしょ?」
「そうだけど。俺よりライだよ」
「大丈夫ですよ。でも、心配されるのはくすぐったくて嬉しいです」
「なっ! 変な事言うなよ」
なんだよ、そのくすぐったくて嬉しいって……恥ずかしくなる。
「あっ、ユヅルの耳赤くなってます! 冷たいですか?」
「なっ! 違う!」
冷たいんじゃ無くて恥ずかしいからだ。でも……それを認めたくない。認めたらなんか……いけない気がするんだ。
ライは楽しそうに笑う。そしてますます体重をかけてくる。重くはないが密着していて、俺の心臓は意識するほど音を立てる。
「もう、重たいったら!」
「だって、温かいから」
「俺で暖を取るなよ!」
「ユヅルは温かくて可愛くて大好きですよ」
「可愛い言うな!」
一番言ってほしくない言葉を言われて俺はわめくが、ライにはあまり響いていない。いつもとても楽しそうにする。
なんだか悔しい気分のまま、見ればライの手はさっきよりも赤くなっている。いっそ痛そうでもあり、俺はそっとその手に触れた。
「え! あの、どうしました?」
「いや、痛くね? うわぁ、真っ赤だし」
そう言いながら手を温めるように触れている。すると突然、ぱっと背中の重みが消えた。
「え? どした?」
「いえ……温かいです、ユヅル。有り難う」
「? それならいいけど」
触れている手はずっと大きくて、俺を包み込む身体は安心するくらい逞しい。それに安心する俺もいるけれど、まだこれに甘えるには恥ずかしい。それに、全部に甘えてしまうのは何か違うと思う。
ゆったりとした帰り道、俺を穏やかに包むライはとても優しく大きく感じる。
だからこそ俺はこいつの二つ名に今だピンとこないのだ。
『死神』なんて、似合う奴では絶対ないと思うのに。
END?
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