46人が本棚に入れています
本棚に追加
俺に俳優なんてものが務まるだなんて未だに信じられないが、更に信じられないのが需要が多いということだ。ただ、受ける役はこんなのばかりだが。
ひょろりと身長が高く手足が長い。厚ぼったい一重まぶたに眠そうな目、細面で妙に鼻筋は通り、唇はかなり厚め。そのくせ髪の毛サラサラという絶妙なアンバランスさは、この業界でも少し貴重らしい。
主に気持ち悪い。だからこそ異常者や犯人、裏のある気持ち悪い隣人(結局犯人)という役がとにかく多い。あと死体役だ。
有り難いと言えば有り難いのだが、たまに本気で凹む事がある。
「お疲れ、志麻」
「悠真くん!」
休憩に入ったところで俺に飲み物を差し出してくれるのは、さっき俺が酷い事をしようとしていた子だった。
園間悠真、これでも20歳。元々子役をしていたけれどその時はあまり売れず、舞台を中心に細々と役者をやっていた。だが近年の2.5次元ブームで、彼は小柄で可愛らしいがアイドルの役を射止めブレイク。長年舞台で培った演技力も発揮して、今や舞台だけではなく映画やドラマにも出る売れっ子だ。
そんなキラキラした合法ショタな彼と俺との間には、実は明かせない関係があった。
「志麻ってさ、本当にこういう役やらせると上手いよね。俺、本当にあそこで酷い抱かれ方するのかと思った」
「ぶふぅぅぅぅ!」
貰った缶コーヒーを思わず吹いた俺に、悠真くんが驚いてタオルを渡してくれる。「なにやってんのさ!」とか言いながら。そしてこれも距離が近い。
「もぉ、しっかりしなよ。あの迫力と気持ち悪さどこいったの? ほんと、舞台降りたら別人なんだから」
「だって、それは悠真くんが変な事言うからで!」
あたふたする俺だったが、悠真くんはまったく気にした様子も無かった。
「え? ダメ? どうして? 俺達付き合ってるのに?」
「……もっ、その事実がアウトな気がしているよ俺」
そう、そうなのだ。俺達は実はプライベートで恋人なのだ。
切っ掛けは数年前、悠真くんをしつこく追い回すストーカーから俺が偶然にも助けたのが切っ掛けだった。
その頃たまたま、俺と悠真くんの家は同じマンションの、しかも上下の部屋だった。
夜、俺が仕事から帰った時に上の階からドタバタと煩い音がしていた。面識はなかったけれどいつもはそんなに騒ぐ事もない人だと思っていたから気になって、俺は上の階に上がってその部屋を訪ねてみた。
呼び鈴を鳴らしても応答はないし、途端に静かになった。でも不在なはずもなくノブに手をかけたら開いている。嫌な予感がして開けたら、黒いスエット姿の男に押さえ込まれて口を押さえられている悠真くんと目があった。
思わず叫んだ俺に驚いたのか、男が俺に向かってきて俺を突き飛ばし逃げていく。一方突き飛ばされたおれは見事に転んで背中と頭を床に打ち付け悶絶する事になったが、結果悠真くんを救う事に繋がった。
ストーカー男も数日後に逮捕され、俺は受け身に失敗したせいで額を切り出血、脳震とうも起こして救急車という大騒動となった。
けれどこれが切っ掛けで親しくなり、少しして恋人になったのだ。
悠真くんは良くも悪くも明るく天真爛漫な感じがする。そして積極的で、俺はいつもタジタジだ。
「そうだ知貴くん、今度さ、今日みたいなプレイしようよ!」
「ぶふぅぅぅ!」
本日二度目です。
「なっ! え? なに??」
「だから、この撮影みたいなプレイしたいなって。拘束? 目隠しとかもいいね! ほっぺ舐められた時俺、ゾクゾクしちゃった!」
「いや、俺はプライベートじゃあんなことできないよ! 悠真くんを傷つけるような事はしたくないしそれに、あれは役で……」
アレは俺であって俺では無い。プライベートの俺は臆病で引きこもりでオタクだ。実は彼と仲良くなったのもゲームの話からだった。
とは言っても悠真くんも引き下がらない。ちょっとムゥゥという顔をしたが、その後はやっぱり強引で俺様だった。
「知貴くん、お願い。俺にアブノーマルな世界、体験させて? 知貴くんの好きにしていいから。ね?」
大好きな推しからの可愛いおねだりに俺が折れるのはいつなのか。ほんと、この恋は波瀾万丈だ。
END
最初のコメントを投稿しよう!