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昔から、何をやっても他の人より出来なかった。
父は覚えていないから、元からいなかったようなもの。母は鈍くさい僕を激しくなじって、時に叩いた。そしていつの間にかいなくなっていた。
今僕は一人、誰にも「助けて」と言えないまま駅の改札前で立ち尽くしている。バイトの面接に行きたいのにそこまでの運賃が払えない。手の中には100円が1枚きりだ。
時々思うんだ、きっと僕がどこかに消えてしまっても誰も気づかないんだろうなって。学生時代に話した人は、学生という期間が終わったらいなくなった。アパートの住人は顔も知らない。バイト先だって僕がいなくても多分平気で、代わりはいくらでもいるんだ。
握りしめる100円は、僕の全財産。家を出てしばらくでカツアゲされて、これしか残らなかった。
「帰ろうかな……」
駄目だ、泣きたくない。だって泣いたって誰も助けてくれない。惨めなだけで苦しくなる。
それでも俯いて震えている所に、誰かが声をかけてきた。
「大丈夫?」
声に振り向いた、そこにいたのは優しそうな男の人だった。スーツを着て、仕事出来る感じの眼鏡をかけたその人は僕を見て優しく笑っていた。
「思い悩んでいる感じがして。何か、困ってる?」
「あの、いえ……大丈夫、です」
言えなかった。何て言えばいいか分からない。たった今声をかけてくれた人に「運賃貸してください」なんて言えない。
結局俯いてしまう。ギュッと握った手の平に、100円が食い込んで痛い。
その人は少し困っている。きっと立ち去るんだろう。思っていたのに、違った。手を掴んで、にっこり笑ってくれる。そして「おいで」と優しく言ってくれた。
動かなかった足が動く。連れ出されるまま駅構内のパン屋さんに来て、よく分からない間にトレーを持たされて、そこにその人が色々とパンを乗せていく。コーヒーを二つ、それを持ってイートーインコーナーに座らされた。
「ここのパン、好きなんだ」
「はぁ」
「食べない?」
「でも……」
お腹は空いている。満たされた事なんて多分ない。温かなコーヒーが前に置かれて、美味しそうなあんパンが置かれた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
手を伸ばして一口かじるあんパンの甘さに、僕は苦しくなった。あんパンってこんなに美味しいんだって、なんだか思ってしまった。
気づいたら、泣きながら食べてた。食べ終わって、ぐしぐし目を擦っていたらハンカチを渡されて、その人はにっこり笑って他のパンも勧めてくれる。僕はお礼を言って食べて、お腹いっぱいになった。
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