46人が本棚に入れています
本棚に追加
◆◇◆
この日の終わり、僕はこのスーパーもクビになった。店長は悪態ついて「厄介ごとばかり起こしやがって」と言った。
一日で無職になった僕はどうにもならなくて裏口から出て来た。また、お腹が空いてる。でもポケットには100円だけだ。
通り過ぎようとしたその時、一台の車から人が降りてきた。
「あ……」
近づいてきて、分かった。翔真さんが心配そうに此方を見ていた。
「大丈夫?」
問われて、僕はもう何も言えないまま声を上げて泣いてしまった。
「大丈夫じゃ、ないです。どうしていつも僕なんですか? ドジや鈍くさいって、そんなに悪い事なんですか? 親に捨てられて、嫌がらせされて、厄介払いみたいにバイトクビになって。僕はそんな、悪い子なんですか?」
ずっとモヤモヤと溜まっていたものが決壊していく。どうしようもないほどぐちゃぐちゃの僕を翔真さんは抱き留めて、そっと頭を撫でて首を横に振った。
「君は何も悪くないよ」
ずっと、そう言ってほしかった。
僕は翔真さんの車に乗せられて、マンションに連れて行かれた。僕の住むボロアパートとは違ってピカピカで明るくて。
玄関に入ると直ぐに、大きなフサフサの犬が飛び込んでくる。僕の臭いを嗅いで、次には立ち上がってじゃれついて。でも僕はこの犬の重さにも耐えられなくて尻餅をついた。
「こら、アルバート!」
「あはは」
慌てた翔真さんが犬のアルバートを引き離して、僕は笑って。凄く、嬉しかった。
お風呂を頂いて、着替えまで出してくれて、その間に翔真さんが鍋を用意してくれた。今日あのスーパーで買ったものだ。
「……そうか。俺が余計な事をしてしまったんだね」
「そんな! 翔真さんがいなかったら僕は今頃殴られていましたし。それに……清々したのかもしれません」
ずっと理不尽だった。ずっと我慢してた。縋って……でもそれも、限界だったのかもしれない。
美味しい鍋を食べながら側に座るアルバートの体を撫でて、僕は何かがふっきれた感じがあった。
「また、新しいバイト探します」
そう言った僕に、翔真さんは少し唸る。そして次には箸を置いて、此方を真剣な目で見た。
「稔くん、住み込みのバイトって、嫌かな?」
「え?」
思ってもみない言葉に首を傾げる。僕は真面目に翔真さんを見た。
「僕は少し表に出る事の多い仕事で、時間も休みもまちまちなんだ。時には何日も泊まり込み、なんてこともある」
「そうなんですね」
「アルバートは賢くていい子だけれど、そうなると少し心配でね。それに、寂しい思いをさせていると思うんだ。だからといって通いの家事代行なんかも考え物でね。あまり、業者を中に入れたくないんだよ」
「どうしてですか?」
「信用が、ね」
言いながら苦笑する翔真さんを、僕はなんだか落ち着かなく見てしまう。
そんな、プロの業者を信用できないという人が僕を中に入れてくれる。今日知り合ったばかりの僕を。
「あの」
「ん?」
「僕は、いいんですか?」
問いかけたら、翔真さんは笑ってくれた。
「君は嘘をつけない子だから」
だから、信じていると言う。
僕は迷った。あまりに都合の良い、渡りに船な話だから。でも正直無職の今、アパートの家賃だって払える保証はない。新しいバイト先が見つかる保証もない。
何より僕はこの温かな場所の心地よさを知ってしまった。この人の優しさに甘えていいなら、僕はそうしたいと思っている。
甘えていい? これは間違いじゃない?
「……一ヶ月、お試しで」
「勿論構わないよ」
ほっとしたように言う翔真さんを見て、僕はあったかい気持ちで伝えた。
――ありがとうございます。
END
最初のコメントを投稿しよう!