【鷹取はるなさん⑫】小さな贈り物

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◆◇◆  この日の終わり、僕はこのスーパーもクビになった。店長は悪態ついて「厄介ごとばかり起こしやがって」と言った。  一日で無職になった僕はどうにもならなくて裏口から出て来た。また、お腹が空いてる。でもポケットには100円だけだ。  通り過ぎようとしたその時、一台の車から人が降りてきた。 「あ……」  近づいてきて、分かった。翔真さんが心配そうに此方を見ていた。 「大丈夫?」  問われて、僕はもう何も言えないまま声を上げて泣いてしまった。 「大丈夫じゃ、ないです。どうしていつも僕なんですか? ドジや鈍くさいって、そんなに悪い事なんですか? 親に捨てられて、嫌がらせされて、厄介払いみたいにバイトクビになって。僕はそんな、悪い子なんですか?」  ずっとモヤモヤと溜まっていたものが決壊していく。どうしようもないほどぐちゃぐちゃの僕を翔真さんは抱き留めて、そっと頭を撫でて首を横に振った。 「君は何も悪くないよ」  ずっと、そう言ってほしかった。  僕は翔真さんの車に乗せられて、マンションに連れて行かれた。僕の住むボロアパートとは違ってピカピカで明るくて。  玄関に入ると直ぐに、大きなフサフサの犬が飛び込んでくる。僕の臭いを嗅いで、次には立ち上がってじゃれついて。でも僕はこの犬の重さにも耐えられなくて尻餅をついた。 「こら、アルバート!」 「あはは」  慌てた翔真さんが犬のアルバートを引き離して、僕は笑って。凄く、嬉しかった。  お風呂を頂いて、着替えまで出してくれて、その間に翔真さんが鍋を用意してくれた。今日あのスーパーで買ったものだ。 「……そうか。俺が余計な事をしてしまったんだね」 「そんな! 翔真さんがいなかったら僕は今頃殴られていましたし。それに……清々したのかもしれません」  ずっと理不尽だった。ずっと我慢してた。縋って……でもそれも、限界だったのかもしれない。  美味しい鍋を食べながら側に座るアルバートの体を撫でて、僕は何かがふっきれた感じがあった。 「また、新しいバイト探します」  そう言った僕に、翔真さんは少し唸る。そして次には箸を置いて、此方を真剣な目で見た。 「稔くん、住み込みのバイトって、嫌かな?」 「え?」  思ってもみない言葉に首を傾げる。僕は真面目に翔真さんを見た。 「僕は少し表に出る事の多い仕事で、時間も休みもまちまちなんだ。時には何日も泊まり込み、なんてこともある」 「そうなんですね」 「アルバートは賢くていい子だけれど、そうなると少し心配でね。それに、寂しい思いをさせていると思うんだ。だからといって通いの家事代行なんかも考え物でね。あまり、業者を中に入れたくないんだよ」 「どうしてですか?」 「信用が、ね」  言いながら苦笑する翔真さんを、僕はなんだか落ち着かなく見てしまう。  そんな、プロの業者を信用できないという人が僕を中に入れてくれる。今日知り合ったばかりの僕を。 「あの」 「ん?」 「僕は、いいんですか?」  問いかけたら、翔真さんは笑ってくれた。 「君は嘘をつけない子だから」  だから、信じていると言う。  僕は迷った。あまりに都合の良い、渡りに船な話だから。でも正直無職の今、アパートの家賃だって払える保証はない。新しいバイト先が見つかる保証もない。  何より僕はこの温かな場所の心地よさを知ってしまった。この人の優しさに甘えていいなら、僕はそうしたいと思っている。  甘えていい? これは間違いじゃない? 「……一ヶ月、お試しで」 「勿論構わないよ」  ほっとしたように言う翔真さんを見て、僕はあったかい気持ちで伝えた。 ――ありがとうございます。 END
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