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【小さな贈り物・裏】
勝木稔。その子の存在を知ったのは随分と前だった。
「おい、羽野。暇か?」
「暇ではありませんが。どうしました?」
兄貴分だったその人は少しだらしない人ではあった。とはいえ仕事は出来る人だ。任侠の世界なんて裏にいながらもやってこられるのは、この人が何かと面倒を見ていてくれたからだ。
「実はよぉ、俺ガキがいてな」
「はぁ?」
突拍子のない話に片眉を上げると、兄貴はゲラゲラ笑った後で真剣な顔をして「マジで」という。
なんでもまだ若い頃に、付き合っていた彼女に産ませたらしい。結婚はしていなくて、そのうち分かれたらしい。
「でもよぉ、気になって時々様子見に行ってたんだわ、こっそり。あいつ、誰に似たんだか鈍くさくてよ、母親に逃げられちまってな」
「ちょっと、親としての責任果たしてくださいよ」
「ばーか、この世界だぜ? 引き取るわけにもいかんだろうよ」
そう言われるとなんとも答えに窮するが。
兄貴は懐かしそうに目を細める。そして、いつもの煙草に火をつけた。
「俺になんかあったら、頼んでいいか」
「え?」
マジマジと見てしまう。でも、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「何か、あるんですか?」
「ん? いや? でも、なんていうかな……予感? あっ、俺そろそろ死ぬかもなっていう、そういうの」
「縁起でもないのでやめてください」
「まぁ、そうなんだけどよ。でもよぉ、これが俺の最後の心残りなんだわ。だからって誰でもいいわけでもない。その点お前は性格穏やかで面倒見もいいし、見た目厳つくないからいいかと思ってな」
「兄貴!」
「……頼むな」
答えを聞かないまま吸いかけの煙草を足で消した兄貴は、肩をトントンと叩いて行ってしまった。
兄貴が抗争に巻き込まれて死んだのは……俺を庇ったのはその一週間後の事だった。
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