46人が本棚に入れています
本棚に追加
「今回はギリギリ間に合った……助かったよ、樹」
「いいってことよ。それより珍しいな、いつもスケジュール管理しっかりして余裕のお前が、今回に限ってこんなギリって」
「あぁ……」
イレギュラーな仕事が入った。それは確かだ。でも本当はもう、気力が続かなかったのだ。
「……活動、辞めようか迷っててさ」
「え!」
起き上がった樹が目を丸くする。そんな所まで何も変わっていないのがいっそ憎らしく思えた。
「どうして!」
「……気力、続かなくてさ。元々俺はシナリオ得意じゃないし」
お前がいなくなってしんどくなった。とは、言わなかった。
でも伝わったかもしれない。寝転がったまま少し顔を隠す俺の肩を掴んだ樹が、真剣な顔をする。
「俺がシナリオ立てるから!」
「だってお前、嫁さん」
「え? 別れてるけど?」
「…………は?」
初耳だよ、バカ野郎。
「そっか、俺言ってなかったっけ」
「聞いてない!」
「いやぁ、悪い悪い。もう2年前なんだけど」
「はぁ!?」
入稿後の心地よい気だるさも吹っ飛ぶ衝撃事実に起き上がった俺に、樹はへらへら笑っている。よし、いっぺん死んでこい。
なんか、力が抜けた。俺は必死にお前への想いを断ち切ったってのに、こいつはそんな簡単に別れてたなんて。落ち込んだ俺の数年返せ。
「なんで別れたんだよ」
「え? いや…………引かない?」
「とんでも性癖拗らせて奥さんドン引きしたとか」
「俺、BL的性癖は雑食でなんでもこいだけど、俺自身の性癖はけっこうノーマルだよ」
「親友の性癖知りたくないっての」
「そう? 俺はお前の性癖知りたい」
「怖い事言うな!」
なんだよ本当に。ノーマルなのか、脳内メモしとこう。見た目通り爽やか系か、甘やかし系? 案外甘えたい系だったら萌えるし滾るな。
「んで? なんで別れたの」
「ん……俺が俊介の事好きすぎて?」
「…………は?」
駄目だ、30過ぎて徹夜とか体に悪い。さっきから幻聴が聞こえる。なんだそれ、好き過ぎかよ。俺もお前の事好きすぎて未だにおかずだバカ野郎。
「嘘だと思ってるだろ」
「いや、冗談だろ。第一お前そういうんじゃないだろ。腐男子だからってゲイじゃないんだし」
俺はイコールだけれどな。
駄目だ、脳みそ完全飛んでる。もしかして作業中に寝てしまったのかもしれない。起きたらまだ原稿上がってなくて入稿出来ないパターンかもしれない。これぞ本当にあった怖い話だ。
「お前、信じてないだろ」
「はいはい、信じないよ」
「証明してやろうか?」
ニッと笑った樹が一歩近づく。そして徐に肩を掴んだかと思えばそのまま顎クイされてしっかりと唇が重なった。
「!」
え、柔らかい。魅惑のマシュマロ唇って男にもいるんだ。
思わずときめいている間に俺の唇を樹が器用に割る。そしてあろうことか舌が潜り込み、絡まってくる。俺のファーストキスこんなにエッチでいいわけ?
「あっ、待って樹、息が……っ」
心臓ドキドキしてきた。これ、どうやって息をしていいか分からない。
その間に舌が絡まって吸われて、口の中がゾクゾクしてくる。頭の中は徹夜も相まってぼーっとして、エロ漫画みたいに甘い声が出る。
どうしよう、もの凄く気持ちいい。もう入稿諦めていいからこの夢覚めないで欲しい。
体が後ろに倒れる。見上げる樹はすごくいい顔をしている。雄味を感じる。徹夜明けシャワー浴びてない体臭にも反応しそうだ。
「信じた?」
「えっと……これ、エッチするフラグ立ってる?」
「かもな。嫌?」
嫌? それはもうフリでしかない。
「俺、32歳童貞処女だけど……もらってくれるわけ?」
「マジか。じゃあ……優しく骨まで頂くわ」
「あはは、けっこう重め」
笑って、なんかふわふわしたまま再びキスをした。俺もそれを受け入れている。〆切り修羅場明けの地獄絵図は、そのまま俺の天国になった。
追伸:
この後俺はしっかりがっつり童貞非処女になりました。
END
最初のコメントを投稿しよう!