【亜衣藍さんリクエスト⑪】Let's start again

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◆◇◆  阿東が目を覚ましたのは、陽光が眩しい一室だった。  もぞりと動く体に感覚はある。意志もあれば思考や記憶にも支障はない。  目の前に手をやってにぎにぎしても違和感がない。むしろ血色がいいように思う。  起き上がってみれば白い壁の閉じた部屋だったが、騒々しくはない。胸にはバイタルを図るための電極がついているが、他はこれといった違和感もなかった。  不意に窓の外が目に映る。もう何年も拝んでいない青空だ。そしてその下にある地上には、ゾンビらしき影はなかった。 「は?」  訳も分からず立ち上がり窓辺へと向かう。荒廃してはいたが蠢くゾンビは存在していない。人影もないが。  だが知る限り地上はゾンビに占拠された状態だったはずだ。だからこそ地下に逃げ込んだのだかた。  不思議に思っているその背後でドアの開く音がする。振り向いた阿東は更に驚く事になった。 「……スイ?」  戸口に立つ人は知っている姿よりもずっと成長している。覚えているかぎりは25歳の、まだ少年を少し残した感じだった。だが今目の前にいるのはもっと成長し、30は越えているように思える。  サラサラの黒髪に小さな頭、白い肌に切れ長の黒い目の人は此方を見て固まり、手にしていたファイルを落としていた。 「スイ、なのか? なぁ、何がどうなったんだ。俺はゾンビにならなかったのか? あのワクチンは成功!」  最後まで言い切るよりも前に、スイらしい青年が突撃して抱きつく。それで、本人だと確信した。この抱きつき方は、この泣き顔は間違いなく彼だ。 「博士」 「……なぁ、俺はどんくらい寝てたんだ?」 「10年くらいです」 「マジか! 寝たまま10年かよ。年食ってるだろうな」  なんか、そんな気もしないが。  スイはクスリと笑う。そして「変わりませんよ」と呟いた。 「なぁ、どうなったんだ?」 「ワクチンは成功しました。ゾンビとなった人には猛毒となりましたが、ウイルスが完全に回る前の人は戻りました」 「マジか! はぁ、よかった。これで戦いは終結か?」 「ある程度綺麗になったくらいです。でも、まだ完全ではないと思います」 「そうか」  それでも喜ばしい事だ。子供も多く残っているから、少しずつ人口を増やす事も可能だろう。 「ただ、博士については少し困った後遺症が残りました」 「あぁ、なるほどな」  なにせまだ実験段階のワクチンだったはずだ。そのくらいはあっておかしくない。むしろ効果があっただけ御の字だ。  スイは阿東を立たせて腕を引く。そして洗面所へと連れて行くと、鏡の前に立たせた。 「…………は?」  鏡に映っていた阿東はあの時と変わらなかった。そう、何一つ。唯一ゾンビ化によるものか片目が血のように赤かったが。  でも、そんなはずはないのだ。寝たまま10年、老けて当然だ。なんなら足腰も弱って歩けない……歩けたな。 「どうやら、不老不死になったみたいですよ」 「……ははっ、マジか」 「大マジで」 「……俺、死なないの?」 「おそらく」  これからの人生、どうするんだろうな……。  困り果てた俺の腰にスイが腕を回る。そして思い切り抱きついた。 「十年待ちました、博士。愛しています」 「ここじゃなくね、スイ君や。おじさん、けっこうショックだよ?」 「大丈夫です、不老不死の研究は進めてあります。実験も順調ですから、もう少し貴方に見合う外見になったら俺も不老不死になります。一人にしません」 「いや止めて? 愛が重くておじさん潰れるよ?」 「俺が支えます。責任取らせてください」 「おーい、聞いてるか? 更に愛が重いんだが?」 「愛情は多い方がいいですよ」  なるほど、多いし全部が重いなこれは。  それでも、親友の忘れ形見で大事な子ではある。予想以上に美人に育ったし。  ふと思い出した親友の言葉。「お前はきっとスイに気に入られるよ」と。  気に入られすぎて道を踏み外しそうになっているのは大丈夫なんだろうか? 「博士、愛しています」  それでもこの「愛してる」が案外嫌ではないから困る。阿東は苦笑し、ピンとおでこにデコピン一発かましてやった。 END
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