【リクエスト②】×恋男子のダメダメ恋愛

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【リクエスト②】×恋男子のダメダメ恋愛

 高級なホテルの個室レストランなんて、人生初の経験だ。  お仕着せのような似合わないスーツを着てカチンコチンになって座っている俺は、目の前にいる一級品な男を見ている。  きっちりと撫でつけた黒髪に男らしい輪郭。切れ長の目元は見方によっては厳しく、言いようによっては凜と涼しげ。それにシルバーの眼鏡をかけている。高身長で体つきもがっちりとした彼は今、俺に向けて穏やかな笑みを向けてくれる。俺の人生ではまず交わる事のないタイプだ。 「それではこれより、御手洗東吾様と時平太志様のお見合いを始めます」  今回間に入ってくれている仲人が穏やかな声で言う。それに、俺の心臓はますます飛び上がった。 ◇◆◇  そもそもこんなことになったのは、本当にどうしようもない事からだった。 「また男に騙されたの、タイちゃん?」 「うっ、うぅ……だって」 「だっても何もないじゃん。本当に見る目がないよね」 「うあぁぁぁっ」  呆れ顔のまま、なかなか容赦なく攻めてくる実弟篤志に俺は泣いた。  それというのも俺は、どうにも恋愛運がない。どうしようもないクズ男に引っかかっては痛い思いをしている。  最初に付き合ったのは大学生の時。大学四年の先輩だったけれど、とんだ暴力男だった。こっちが下手に出ていれば傍若無人に振る舞って嫌がると殴ったり蹴ったりする。慣れてるのか腹ばかりそういうことをするんだ。でも耐えた。一年耐えた。でもある日暴行されて家に帰った後で体おかしくなって病院につれて行かれて色々発覚。軽く警察も出てきて大事だった。結局大学にも居づらくなって辞めて、トリマーの専門学校に行ったのだ。  その後は就職してから。仕事先のお客さんであっちからだ。最初は優しくて素敵な相手だったのに、とんだ束縛野郎だった。こっちも最終的にストーカーになって家におしかけられ、怖さのあまり警察に連絡。現在も接近禁止命令が出ている。  その後も二股は当たり前。殴られるとかも多すぎる。今回は金も持ち逃げされた。 「太志はもう、ちゃんとした人が間に入った方がいいだろうな」  呆れ顔で長い足を組む兄雄志がそんな事を言う。弟の篤志は二十代でアイドルをしているが、兄は商社に勤める出来る人間。この二人の間に挟まれていると自分はなんてダメ人間なんだろうと思えてしまう。 「大丈夫だよタイちゃん! タイちゃんは少しいい人過ぎるんだよ」 「篤志……」 「ぼやっとしてるし、抜けてるし、隙だらけだし、押しに弱いし、案外面食いだけれどさ。でもそういう部分は可愛いと思うんだ!」 「……もう、いいよ」  それでも今年で三九歳。そろそろまともな恋人が欲しい。人生一度くらいは穏やかな気持ちで一緒に居られる恋愛がしたい! 「……お見合い、しようかな」  ふと、ぼそりと呟いた言葉を篤志と雄志が拾う。 「俺も、一度でいいからまともな恋愛がしたい。ストーカー嫌だ、暴力反対、二股クズ、持ち逃げ犯罪」 「太志……」 「タイちゃん」 「俺、恋がしたい」  思えば苦しくない恋愛なんて経験がない。我慢ばかりだ。誰でもいいから一人くらい、「君が一番だよ」って言ってくれる人が欲しい。このままの俺を好きになってくれる人が欲しい。  思ったら泣けてきた。既に泣いているけれど余計に涙が出てきた。  そんな俺を篤志が抱きしめてくれる。同じようにちょっと目を潤ませて。 「任せて! いい人いないか聞いてみるから!」 「……芸能人は困る」 「了解!」 「俺の方も少し当たってみる」 「有り難う、兄貴ぃ、篤志ぃ」  その日、大いに泣いて過ごした俺の所に今回のお見合い話が転がり込んできたのは、一ヶ月後の事だった。 ◇◆◇ 「初めまして、御手洗東吾といいます」  柔和な笑みを浮かべた人が穏やかに目を細める。年上イケメンのこういう表情は後光が差して見える。 「初めまして、時平太志です」  挨拶を返すと彼は嬉しそうに笑う。その甘い視線と笑みは十分に人タラシの域にあるものだ。目が潰れたらどうしてくれる。  大体、なんでこんな上等な男がここにいるのか分からない。こちとら恋愛ダメ人間なのに。それともこいつも実はハズレなのか?  今回のお見合い話を持ってきたのは篤志だった。何でもアイドル仲間にこの話をしたら、「うちの兄が両親と腹違いの兄にせっつかれて結婚相手を探している」というのだ。  どうやらそこそこいい家の跡取りで、五〇を前に「誰でもいいから結婚して身を固めてくれ」と泣き付かれたんだと。  当人は仕事もプライベートも充実した独身貴族で、現状なんら不自由がないから考えもしていなかったとか。だが、両親と義兄に言われては考えざるを得ず、相手を探している。  渡りに船とはこのこと! 篤志は「その話キープで!」と言って直ぐにこちらに話を持ち込み、本日となったわけだ。  だが、相手が……まさか御手洗財閥の御曹司で跡取りとは聞いていない! 「太志さんは、ご趣味は?」 「え! あっ、キャンプ……とか」  穏やかに問いかけられて慌てふためいて答える。すると、御手洗氏の綺麗な眉がクッと上がった。 「いいですね、キャンプ」 「え? えぇ、はい。とは言っても、そんな本格的なものではありませんが」  意外な所にくいついた。キョトッとして答えると、彼は嬉しそうに笑う。そうすると年上なのに可愛く見えた。 「実は俺もキャンプが趣味でして」 「そうなんですか! あの、俺は冬も一人で行くんですが」 「なんだ、本格的じゃないですか。俺も冬のソロキャンプに行きます。今まではどの辺りで?」 「千葉の方もいいですし、春先には少し遠征して富士山の見える辺りにも」 「いいですね。俺も富士山の見える所に行った事があります」 「そうなんですか!」  ちょっとワクワクして緊張が解れた。まさか大財閥の御曹司と趣味で語れるなんて思ってもみなかった。 「他にもドライブなんかをするんですが、そういうのは?」 「実は車を持っていなくて。免許は持っているので、キャンプの時はレンタカーか実家にあるバイクを借りて行っているんです」 「嫌いですか?」 「いえ! あんまり余裕がなくて」  言えない。歴代の恋人にそういう趣味の人がいなくて考えもしなかったとか。キャンプはそもそもろくでなし彼氏から逃亡した事がきっかけだったとか。  だが目の前の人はふわりと笑う。優しく、楽しそうに。 「嫌じゃないなら、今度一緒にどうでしょうか?」 「え?」 「今時期なら八重桜が綺麗です。春の山菜の天ぷらなんかも」 「あの、是非!」 「よかった」  裏のない様子に俺はほっとしたような、拍子抜けしたような。日本屈指の財閥の御曹司だ、どんな相手かと身構えていた。徐々に体の力も抜けてきた所で、仲人が抜けて二人でと言われ、俺達は優雅にお茶をしながら話し始めた。 「本当に、今日は時間を取らせてしまってすまなかったね、時平君」 「いえ、こちらこそ! あの、差し支えなければ俺の事は太志で」 「そうかい? では俺の事は東吾で構わないよ」 「東吾、さん?」  俺の問いかけに東吾さんはにっこりと嬉しそうに笑う。その様子が、俺は凄く落ち着いた。 「でも、本当に良かったのかい? 俺のようなおじさんが相手で」  お茶のカップを戻しながら心配そうに問いかけてくる東吾さんに、俺はへらっと笑って頭をかいた。 「おじさんって、東吾さん凄く格好いいじゃないですか。大人の男って感じで素敵ですよ」 「そんな事はないよ。こんな歳まで相手も決めずにふらふらしていたんだ。俺からすると君がフリーだというのも驚きだ。とても可愛らしいと思うのだが」 「よしてくださいよ、可愛いなんて。俺、もうすぐ四〇なんですよ?」  不意打ちの「可愛い」発言に俺の心臓はバクバクだ。そもそも褒められ慣れていない。仕事が丁寧とかは言われても容姿なんかは自信もない。年齢に勝てない部分もある。  だが東吾さんからはお世辞の雰囲気がない。もの凄く真面目な顔をしている。 「俺からするとその実年齢も驚きだ。もっと若く見える」 「東吾さんも凄く若く見えますよ」 「見た目だけだよ」 「そうですか?」  なんて言って、しばらくの沈黙。でも次にはお互い笑ってしまっていた。 「なんか、変な感じです。今日会ったばかりなのに自然で」 「あぁ、まったくだ。実は俺も今日は緊張していてね。どんな相手が来るのかと身構えてしまった。弟の勧めなら大きく外れはしないだろうとは思ったんだが」 「俺は驚きでしたよ。篤志が持ってきた話なら大丈夫とは思いましたが」  ただ、家柄だけがもの凄く重いんだが。  ふと東吾さんを見て、俺は改まって背筋を伸ばす。それに気づいて、東吾さんもカップを置いた。 「あの、東吾さん」 「なんだい?」 「どうして突然お見合いを? 弟から聞いた話では、独身を謳歌していたと伺っていたので」 「あぁ、それか……」  途端、東吾さんは困ったように眉根を寄せる。言いづらい事だったかと焦ったが、彼は苦笑して教えてくれた。 「聞いているだろう話が全てだよ。両親と義理の兄から身を固めるように迫られた。俺ももうすぐ五〇だからね、いい加減にと。その代わり、相手は俺が決めた相手なら文句は言わないということだ」 「そうなんですね。だから結婚前提」 「恥ずかしい話だがね」 「そんな!」 「太志君は、何故?」  うっ、それを聞かれるとなんとも言いがたい。だが隠しておくのも多分違うし、後々露見してダメになるとかは嫌だ。それならもう、言ってしまったほうが楽な気もした。 「ははっ、実は……」  そこから、俺のダメダメな恋愛遍歴をひたすら語る事となってしまった。  全てを聞き終えた東吾さんは腕を組んで難しい顔をしている。それを見るに、やっぱりこんな相手は手に負えないんだろうな……なんていう後ろ向きな思いも出てくる。せっかく素敵だと思える相手に巡り会ったから、残念だけれど。 「ほんと、酷いですよね俺の恋愛遍歴。本当にダメダメで」  なんて苦笑して誤魔化しながら、心の中では泣いている。  だが、返ってきたのは違う反応だった。 「その相手とは、既に全て切れているんだね?」 「え? はい」 「そうか……寧ろまだ繋がっているなら出る所に出るんだが」 「え?」  出る所って、なんでしょう? 「二股は難しいが、暴力や金銭がらみは民事でも訴えられたんだぞ? それを少額の賠償金で示談なんて、君は人が良すぎる。報いを受けるのだと知らしめなければ」 「そんな! あの、本当に終わっているので大丈夫です」  案外怖い事考えてた! そもそも当時はそんな事を考えられる余裕なんてなかったから、相手の弁護士なんかに言われるままだったな。  でも、ちょっと嬉しい。怒ってくれるんだ。  笑ったら、東吾さんは困ったように表情を崩す。次には穏やかに微笑んだ。 「太志君、今度ゆっくり食事なんてどうだろう?」 「え? あの、嬉しいです」  トクンと鳴る鼓動は何かを期待しているみたいだ。  穏やかに微笑む人の嬉しそうな顔を見ると、こちらも温かく感じる。何度もこれで失敗しているのに、少し甘えたい気分になってくる。 「嬉しいよ。それと、例え交際を始めても君がいいと思ってくれるまでは触れないから安心してくれ。ゆっくりと、進んでいきたい」 「はい! あの、嬉しいです」  大事にされたのなんて、覚えてないくらい前の事。特に恋愛に関してはろくな事がなかった。  でも、今回は大丈夫。そんな気がしている。  ダメ恋ばかりの俺に訪れた不意の春。まだまだこれからだけれどまずは花丸あげようかな? END
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