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彼女は両手で顔を隠し、声を押し殺して泣いた。彼女の肩に手を掛けて、静かにさする。今まで堪えていた涙を全て流したら、少しは気持ちが軽くなるかもしれない。
しばらくして泣き疲れた顔をした彼女が、たっくんの家に行ってもいい?、とポツリと呟いた。
「えっ、ウチ?」
「⋯⋯家出しようと思ってここに来たの。お母さんとそのことで昨日、大喧嘩して⋯⋯」
椅子の背もたれに隠れていた旅行用のキャリーバックを引き寄せて俺に見せる。
「それを持って、俺のところに来ようと思ってたの」
「⋯⋯うん。たっくんなら泊めてくれると思ったから」
「いいよ、来ても」
「ホント?」
「でもさ、桔梗がなりたいのは『みんなを笑顔にする花屋』なんだよね」
「うん⋯⋯」
「それならお客さんはもちろんだけど、周りの人のことも桔梗が笑顔にしなきゃならないよね。家出して花屋になっても、周りの人は笑顔になれるかな。それになによりも、桔梗自身が心から笑顔でいられる?」
彼女は下唇を噛んだ。
「⋯⋯なれないと思う」
「じゃあ、どうしたら桔梗も周りの人も笑顔でいられるかを、まず考えた方がいいよ」
「うん⋯⋯」
「俺は桔梗の夢、心から応援してる。桔梗のその強い思いをちゃんと理解してもらえるように、真正面からもう一度話し合って、正々堂々と花屋の勉強をする方が、俺は『みんなを笑顔にする花屋』になるための一番の近道じゃないかなって思うけどな」
「でも⋯⋯分かってもらえるかな」
「分かってもらえるかじゃなくて、分かってもらえるように精一杯やるんだよ。これから。もう桔梗の夢への道は、ここから始まってるんだよ」
「⋯⋯うん」
「不安なら一緒について行ってあげようか」
「⋯⋯本当に?」
「もちろん」
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