その愛、育ててますか?──誠実

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 ここには以前、花屋があった。  花を求めに来たのか、店主との会話を楽しむためなのか分からないような人々が、いつも店内に溢れていて、あちこちから笑い声が飛び交っている、地元の人々に長い間愛され続けている店だった。  お喋り好きな店主は、俺の母親だ。  ここは以前、俺の実家があった場所。  高齢になった母さんの代わりに姉貴が店を継いで5年が経った頃、持病が悪化した姉貴の入院が突然決まった。そして花屋を畳んで、売り渡すことになったと俺の耳に届いたのが一昨年のことだった。  それ以来、この場所に来たことがなかった。何となく避けていたんだと思う。  でも花屋をリノベーションしたカフェに、昔懐かしいあの店の人々が微笑み合う柔らかな雰囲気が残っていたのは、気休め程度でも嬉しかった。  店の外にも幾つかの日差し除けのパラソルがついた席が設けられていて、秋の景色と会話を楽しむ恋人たちや女の子たちが、所々に座っていた。  桔梗はもう来てるかな。  日差しが反射して見づらいガラス越しの店内を覗くと、澄ました顔で軽く手を挙げる桔梗の姿が目に入った。  ふふっ、生意気に。  前に会った時よりも、下ろした艶々とした黒髪のせいか、少し大人っぽく見えた。買ってきたおもちゃを喜ぶころのような子供扱いした物言いには、くれぐれも気を付けないと。噛みつかれそうだ。  桔梗に少し微笑み返す。  店の扉を開けるとドアチャイムが鳴った。
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