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二人で生きるということ
70
「・・・え?――――――えぇっ?」
彼の頸に腕を回し寄り掛かっていた体を僅かに離し、驚きの声を上げてその表情を窺い見る。
何てことはない、という涼しげな表情の彼は、僕の腰をくいっと引き寄せ、離れた肌を密着させる。
「木崎は母方の苗字。お前を混乱させないために、本名は名乗らなかった」
「・・・じゃあ、本名ってもしかして・・・?」
「あぁ。俺はこの家の養子になっている。だから・・・戸籍上は”綾之園護”だ」
「そ・・・ですよね。ちょっと考えたらわかる事なのに・・僕、全然疑問に思わなかった・・・」
「疑問持たれなくてよかったよ。その方が俺にとっては都合がいいからな。それと・・・」
「――――まだ何かあるんですか?」
「何だよ、そんなに睨むな。・・・可愛いけどな」
「もうっ!からかわないで下さいっ」
「からかってねぇよ、本心を言ったまでだ。―――――――で、話を戻すぞ・・・。お前の意思を尊重したいからそのままにしていたが、慈。綾之園の籍に入りたいか?それとも小早川の姓を名乗り続けるか?お前の思う通りにすればいい。・・・・・・どうしたい?」
唐突過ぎる話の展開に、僕はしばらく口を開くことができなかった。
綾之園の姓を名乗るなんて考えたこともなかった。けれど、僕はあのひとの息子なのだからその姓を継ぐ理由はある。あるけど・・・。
「・・・僕は、綾之園の籍には入りません。小早川のままでいい。あのひとは・・・要さまは僕の本当の父親だけど、だからって僕がその姓まで継ぐ必要はないと思うんです。それに、僕よりあなたの方がこの家を継ぐに相応しいと思うから・・・。あのひとの築き上げてきたものを壊さないように、今よりもっと良くなるように、努力するつもりだし僕も守って行きたいと思う。だけど、やっぱり変です。だって、あなたはここに存在するんだもの。綾之園護として、ちゃんと存在してる。血の繋がりなんて関係ない。あなたはあのひとの弟で、綾之園を継ぐに相応しいひとです」
「慈・・・。じゃあなぜあんなに必死に学んだ?この家を継ぐ覚悟をしていたんだろう?」
「もちろん。でも、言いましたよね?”お前の思う通りにすればいい”って。だから僕は僕の思った通りのことを言ったんです。・・・それに、あなたはこうも言った。”俺の全てはお前のものだ”―――――あなたの背負う物は、僕も一緒に背負います。離れるわけじゃないんです。これから長い年月を一緒に生きていくつもりでいるんですよ?僕。――――――それでもまだ、僕の答えに不満ですか?」
冷静なはずの彼が目を見開いて僕を凝視している。ぽかんと口を半開きにして驚いている表情には・・・ちょっと笑いが込み上げた。
「――――――”護さん”・・・。僕は、あなたが傍にいてくれればどんな人生だっていいんです。だから、あなたはあなたの立場でやるべきことをして下さい。僕は僕のやるべきこと・・・・・・あなたを一生支えるという役目を、誰に譲ることなくしっかりやり遂げますから」
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