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春風が、光也の髪をなぜた。
その風につられるように空を見上げれば、高い青空。空気がとても澄んでいるように感じて、光也は深呼吸をした。
近所の道を、光也は愛犬のポン太と一緒に歩いていた。
いつもの散歩コースは、大きな河川敷横の道路付近に差しかかる。河川の水は太陽光を反射し、キラキラと宝石のように輝いていて見とれそうになる──が、リード先のポン太が強く引っ張ってきたので、あわてて光也はリードを握り直した。
「おーい。あんまり、急ぐなよ」
光也が苦笑しながら言うと、長年連れ添った愛犬が元気よく「ワフッ」と吠え振り返った。
柴犬のポン太は、お尻をフリフリ。今日も嬉しそうに、光也を引っ張る。
河川敷を沿って歩いたら橋を渡り、Uターンしてからまた橋を渡る。それが光也とポン太の、お決まりの散歩コースだった。
のどかな春の陽気に、あくびをしそうになる──ふと、その時。
「ん……?」
誰かの声に呼ばれたような気がして、光也は立ち止まった。
けれど、どこから聞こえたのかわからなくて、きょろきょろとあたりを見渡す。しかし、誰もいない。
気のせいだったか……と頭をかいていると、
「うわっ……ととと!」
またポン太に引っ張られて、光也は走り出した。
いつもの大きな橋を渡ろうと、ポン太は急ぐように走っている。
「まったく、落ちつけよポン太」
いつもより何だか、ポン太がはしゃいでいるように光也は思えた。いや、はしゃいでいるというより、焦っているのか。力強くリードを引っ張るその姿は、いつものんびりとしているポン太らしくなかった。
そんなポン太に誘導されるように、いつもの橋に差しかかる。しかし、橋の前に立つと、ふとポン太が立ち止まった。
歯を剥きだし、うなり始め、何かを威嚇している。
「……ポン太?」
光也は、ポン太の視線の先を見るため顔をあげた。するとそこに、知った人物を見つけて驚いた。
「あれ、ばあちゃん」
橋の向こうに、母方の祖母が立っていた。
「ばあちゃん、何してんの」
こんなところで何をしているのだろう、と光也が声をかけると──。
「……来ちゃいけないよ!」
「え?」
思いがけない大きな声に、光也の足は止まった。
対峙している祖母はただ、寂しそうに首を横に振る。
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