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町を抜けたハニーはアクセルをベタ踏みのまま更に郊外を目指していた。
両親は何年かぶりの休みでストラビンなんとかのコンサートに行っている。残された弟を救えるのは自分だけだと分かっていた。
中学になって半年くらいだけど、小学生の頃からだだっぴろい牧草地で枯れ草を集めるのに無理やり教わった古いトラクターの運転が初めて役に立った。しかもマニュアルの日本車。フロントにスーパーマンのように『S』のマークを付けた車だ。
学校の帰りに友達とたむろしていた喫茶店の前に停めてあったジムニを混乱に乗じてちょっとだけ借りたものだ。
「政府からの緊急発表です。みなさん、我々の身になにかが起きようとしています。今すぐ安全な場所へ!!」とFMのちゃらいアナウンサーが繰り返し叫んでいる。
「安全な場所ってどこよ!」
ラジオを何度か叩いてから、ダッシュボードにあったカセットテープを差し込むと、聞いたことのない古いロックがかかった。
町から弟が留守番する家までは車で20分も掛からない。
両親も繰り返される緊急発表で家に向かっているに違いない。でも特急列車で1時間半は掛かるだろう。
町へ向かう車、町を後にする車。どちらも思惑があるのだろう。もしくは自分みたいに誰かを助けに行くのかもしれない。
誰でも助けたい人が必ずいる。私は今は弟だ。
ハニーはさらにアクセルを踏み込んだが、森を抜ける獣道のような近道を思い出してハンドルを切った。
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