87人が本棚に入れています
本棚に追加
/348ページ
1. おそろし山 その壱
「小橋君。これは一体なんなんだ?」
デスクの上に置かれていたメモ帳を突きつけられ、尋ねられて、小橋鉄平はきょとんとした。
窓から差し込む午後の日を反射させ、相手の眼鏡のフレームが銀色の光を放っている。
そのレンズの向こうから、冷ややかな目が鉄平を射抜いていた。ほとんど睨んでいるといってもいい目つきだ。
気のせいか、流れてくる空気までもがどことなくひんやりとして感じられる。
「……見ての通り、メモですが」
制帽を被った後ろ頭を掻きながら、鉄平は答えた。
突きつけられたメモのページには、『午後八時、やまべ。地区会長と』と書かれている。
「今朝、電話がありまして。飲みの誘いを受けたんです。地域住民との交流は大切だと思いますので」
まして、相手はこの地域の顔役とも言える地区会長。新任の駐在警官である鉄平に、断るという選択肢はない。
「そんなのはどうでもいい」
いや、どうでもよくないだろう。
鉄平は思ったが、彼――月島真人が言うのは、住民との交流がどうでもいいという意味ではなかったらしい。
長くて細い指先が、トントンとメモ帳の端っこを叩く。
「俺は、これがなんだと訊いている」
最初のコメントを投稿しよう!