1. おそろし山 その壱

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1. おそろし山 その壱

小橋(こばし)君。これは一体なんなんだ?」  デスクの上に置かれていたメモ帳を突きつけられ、尋ねられて、小橋鉄平(てっぺい)はきょとんとした。  窓から差し込む午後の日を反射させ、相手の眼鏡(めがね)のフレームが銀色の光を放っている。  そのレンズの向こうから、冷ややかな目が鉄平を射抜いていた。ほとんど睨んでいるといってもいい目つきだ。  気のせいか、流れてくる空気までもがどことなくひんやりとして感じられる。 「……見ての通り、メモですが」  制帽を被った後ろ頭を()きながら、鉄平は答えた。  突きつけられたメモのページには、『午後八時、やまべ。地区会長と』と書かれている。 「今朝、電話がありまして。飲みの誘いを受けたんです。地域住民との交流は大切だと思いますので」  まして、相手はこの地域の顔役とも言える地区会長。新任の駐在警官である鉄平に、断るという選択肢はない。 「そんなのはどうでもいい」  いや、どうでもよくないだろう。  鉄平は思ったが、彼――月島(つきしま)真人(まこと)が言うのは、住民との交流がどうでもいいという意味ではなかったらしい。  長くて細い指先が、トントンとメモ帳の端っこを叩く。 「俺は、これがなんだと()いている」
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