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……いや、私がそこまで使命感を燃やす必要は無い。
こいつが私の知らないところで私の知らない誰かを突き落としたとて、私には何の関係も無い。知るよしも無い。
私はスケッチブックを取り出し、いつものように船着き場の光景を紙に焼き付け始めた。泡立つ空を飛び交うマダラトビエイ。さらにその上空を緩いスピードで通り過ぎていくのはメジロザメ。それに切り裂かれたイワシの玉が形を保てずに鱗を落としながら散り散りになる。
地上では死人のような顔色の女が、これまた生きているのか死んでいるのかわからないラブカを従えてその光景を見あげている。……奴にそれが見えているはずはないのだが、今の私にはそう見えた。
女は私が描き終わると同時にふらりと何も言わずに何処かへ行ってしまった。私が勝手に奴を描いていることに気付いていたのだろうか。そして、私が描き終わるのをわざわざ待っていたのだろうか。
何だか悪い気がしたので、次に会ったら一応謝っておこうかと思ったが、奴のことで頭を悩ますのは酷く無駄なことだという事に気付いて考えるのは止めた。文句があるなら向こうから言ってくるだろうし、大体私だって初めて会った日に迷惑を掛けられているからお互い様である。
私は出来上がった絵に視線を落とした後、奴がそうしていたように空を見あげた。普段はあまり自分の絵の出来に頓着しないが、不思議とその出来映えを誇らしく思った。それが何故なのかはわからないけど。
結局正体のわからない飛ぶものは、いつの間にか目を凝らさないと見えないほど遠く、空高くで弧を描いていた。
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