1.腐女子の願い

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1.腐女子の願い

『ユーリさん、昨日のオレウケ見ましたか?』 『見た見た! ついにサーシェスの気持ちがアルヴィンに伝わったね!』 『でもあのカプ、自分は逆だと思うんですよね。公式と解釈違い』 『まあそこはアルヴィン総受けだからね』 ≪俺が転生したらBLゲームの受けだったんですけど!?≫ 通称オレウケ 普通のサラリーマン・明久がトラックに轢かれ、中性ヨーロッパに似た異世界に転生してしまった。しかもそこはBLゲームの世界! 剣士アルヴィンとしてなるべく目立たないように過ごしていたが、ひょんなことから王国騎士のサーシェスに拾われ、魔王を倒す戦いに巻き込まれる……!? 今、我ら腐女子に大人気のBLアニメだ。 もとは小説投稿サイトで連載されていた小説だが、そこから人気に火が付きコミカライズ、そして今期アニメ化に至った。 SNSのBL用アカウントで、日々オレウケの感想や考察をつぶやいたり、二次創作を見るのが最近の楽しみだ。 私だって、頭の中では常に妄想している。これを漫画や小説にして、フォロワーさんたちと共有できたらどれだけ楽しいだろう。 頭の中の妄想が、ポンッと具現化できる能力があればいいのに。 「桜野さん! またスマホいじって! 没収ですよ」 「も、もうちょっとだけお願いします! 今神絵師様の絵がRTされてきたんです。これを目に焼き付けておかないと死んでも死に切れません」 「ダメです。桜野さんは絶対安静なんですよ」 看護師さんにスマホを取り上げられ、サイドテーブルの隅へと置かれてしまった。 私、桜野結理(ゆうり)は数ヶ月前からこの病院に入院中。 常に点滴やいろんなチューブに繋がれてほぼ寝たきり、絶対安静。サイドテーブルのスマホも取れないくらい体が動かせない。 私にできることといえば、唯一動く指先をなんとか駆使してスマホでSNSをしたり、配信されるオレウケを見たり、声優さんたちのラジオを聞くくらいだ。 父親は物心つく前に他界、母親は数年前に病気で亡くなった。 そして私は19歳のとき、母と同じ病気にかかり入院生活となった。歳が若いからか進行が早く、20歳になった今は既に寝たきり状態。 家族もいない、ぼっちの学生時代、社会人経験する間もなく闘病生活に入ってしまった自分には見舞客の1人もいない。 母は私が小学生のときから病に伏せっていて、看病は主に私がしていた。 寝たきりに近い母の傍から離れることができず、遊びに行くことはほとんどなかった。 そんな小学校時代、私を支えてくれたのはアニメと漫画だった。 中学で初めてBLというものに出会い、私の人生は薔薇色になった(BLだけに)。 高校からはスマホという文明の利器を手に入れ、ネットで二次創作という存在を知った。イラストや小説が投稿されているサイトを巡り、自分も推しカプの小説を書いた。 18歳になったときは嬉しかった。これでやっと18禁が解禁だ! でも喜びもつかの間、運命は残酷だ。 そんな私の心の支えは、SNSで繋がっているフォロワーさんたち。 母が亡くなったときも、支えてくれたのはフォロワーさんと推しの存在だった。 顔も本名も知らない彼女たち(彼かもしれないが)と腐女子トークをしているときは現実を忘れられる。 もう二次創作をする体力は残ってないけれど、腐女子仲間とBLがある限り、私は幸せだ。 スマホも取り上げられてしまったし、今日はそろそろ寝よう。 寝付くまでの妄想はアルヴィンとサーシェスに決まりだ。 アルヴィンとサーシェスの気持ちが通じ合った初めての夜。 サーシェスがおもむろにアルヴィンを押し倒す。 「ちょっ、何す……」 「何って決まってんだろ? 俺のこと好きなんだよな?」 「好き、だけど……」 「散々俺のこと待たせたんだ。今更手加減はできねえからな」 サーシェスの指先が、アルヴィンの細い腰を撫で…… ん、なんだか顔が熱くなってきた。興奮しすぎたかな。 いやなんか違う。心臓がバクバクいって動悸がしてくる。 と思ったら今度は血の気が引いて身体が冷たくなってきた。指先が震え出す。 気持ち悪い、吐きそう、息が苦しい。 ナ、ナースコール……! 「桜野さん! 大丈夫ですか!」 「早く先生を!」 飛び込んできた看護師さんたちが慌ただしく処置を始めてくれる。 けど、なんとなくわかる。 ああもうこれ……私、死ぬんだな…… オレウケ、最後まで見届けたかったけど、無理みたいだ。 SNSのみんな、私の分までアルヴィンとサーシェスを頼んだよ。 死んだら私も、異世界転生できるかな。そう思えば、何も怖くない。 できれば異世界でも腐女子になりたい。それが私の、唯一のアイデンティティだから。 それからできれば今度は、家族に囲まれて過ごしてみたい……
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