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「ライラック号の手入れをしてくる。飼葉もくれてやらないと」
「後で担当の子がやりに来ると思うけど」
「いい、俺がやる」
そう言って、お父さんは厩舎の中に入ってしまった。
サディアスさんがやれやれと肩をすくめる。
「ごめんね、アリシアちゃん。お父さんとのデート、邪魔しちゃって」
いやいや、イイモノ見せていただきました。
サディアスさんはしゃがみ込んで、足元にはえた白い花をいじり始めた。
「僕、キミにずっと会いたかったんだよね」
「私と?」
「アルはアリシアちゃんの話ばっかりするんだ。それこそ、キミが生まれてからずっとね」
「そうなの!?」
「そうだよ。『アリシアが俺の顔見て笑ったんだ。天使かと思った』とか『もう歩き始めたんだ。信じられるか?』『今日、あの子が急に歌い出したんだよ。天才かもしれない』とか、親ばか全開だったよ。アルをそんなに夢中にするのって、どんな子なのか気になってた」
一緒にいられなかった頃も、お父さんは私のことを溺愛していたらしい。
「忙しくってなかなか家に帰れないこと、いつも残念がってた。帰ってもアリシアちゃんはもう寝てるし、次の日は起きる前に出掛けなきゃいけないし」
「だけどこの前、私が熱出したときは帰ってきてくれたよ」
「そりゃそうだよ。血相変えて出てってさ。もしアリシアちゃんまで……」
言いかけて、サディアスさんが口をつぐんだ。
「でもお父さん、最近は早く帰ってきてくれるの。今日もお出掛けに連れてってくれて」
「そりゃよかった。僕は前々からそうしろって言ってたんだけどね。あんな大きなお屋敷にアリシアちゃん1人じゃ寂しいでしょ。メイドさんたちがいるにしてもさ」
「うん、おうち大きすぎるから」
「あのお屋敷は王様から貰ったんだよ。僕らは魔王を倒したご褒美に、一生暮らせるくらいの資産貰ったから」
だから貴族じゃないのにあんなにメイドさんがいるお屋敷に暮らしてるのか。
でもそれなら休みなく働く必要ない気がするけど。
「本当はアリシアちゃんとずっと一緒にいたいと思ってるくせに、アルは責任感強いからさ」
「お父さんはどんなお仕事してるの?」
「あれ? 聞いてないんだ」
勇者なのはわかったけど、一体今はなんの仕事をしてるのか。
「王国騎士団で騎士たちの訓練をしてるんだよ。魔王を倒したってことで、僕とアルが雇われたんだ」
「騎士団の人たちに? お父さんもサディアスさんも強いんだもんね」
「僕はそんな強くないよ。剣の腕はアルが1番」
「けど、サディアスさんも強いから指導する人に選ばれたんでしょ?」
「まあ僕は、この魔導の剣があったからね」
サディさんが腰に差した剣をチラリと見た。
鞘に収まったそれは、普通の剣のように見えるけど。
「魔力で使う剣だよ。僕、魔法は苦手だったんだけど、リリアさんに教わって使えるようになったんだ」
お母さんに?
と聞く前に「ちょっと腕出して」とサディアスさんに言われた。
右腕を出すと何かを巻いてくれる。編んだ白い花、シロツメクサだ。
「腕輪。貰ってくれる? ステキなペンダントには負けるけどね」
「わあ、ありがとう! サディアスさん」
「サディでいいよ」
「うん、わかった。サディさん」
ペンダント、気づいてたんだ。
それで腕輪を作ってくれるなんて、なんてスマート。
きっとモテるんだろうな。プレイボーイ攻め。イイ。
「気に入ってくれた?」
「うん!」
「じゃあ、今度は王冠作ってあげるよ。森に花畑があるから、そこで――」
と、お父さんが厩舎から戻ってくるのが見えた。
「サディ、アリシアに変なこと話してないだろうな」
「失礼な。一緒に花を摘んでただけだよ」
「サディさんが作ってくれたの」
腕を出して、貰った腕輪をお父さんに見せた。
「へえ、相変わらず器用だな」
「どういたしまして。そのペンダントはアルが買ってあげたの?」
「ああ、アリシアが選んだんだ」
「だろうね。アルのセンスじゃこんなかわいいの無理でしょ」
「悪かったな……」
いたずらっぽく笑って、サディさんが私にウィンクを飛ばした。
いやそれ、私じゃなくてぜひお父さんにお願いします。
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