第8話-2 惜別の万華

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第8話-2 惜別の万華

 救急車と、そして警察。 「いや、走っていたら、狐が飛び出してですね、急ハンドルを切ったら、ひっくり返ったですよ」 「お気の毒に。ここらは狐、狸、熊もいましてね、千野さんの様な事故が時々あるです。車は …… 廃車ですね。久保田さんは負傷していますが、姪御さんは大丈夫そうです。パトカーで温泉街までお送りしますよ」 「ありがとう。恩に着るよ」 「ところで、あの辺りの火災跡の事は何か分かりませんか?」 「あー、それでスリップしたでしょうかね。参ったな、保険効きますかね」 「どうでしょうか」    ◇ ◇ ◇ 「万華、さっきは有り難うな。俺も久保田も、もう少しで喰われるところだった。それで、領巾(ひれ)は見つかっただな」  万華は、パトカーが来る前に、セーターにショートパンツ姿に戻っていた。でも髪の毛は、見たことが無い組紐で纏められている。その組紐は何故か動いている様にみえる。 「うん、見つかった」 「良かったじゃ無いか。それで …… いつ戻るんだ?」 「これから直ぐに」 「そうか。みな寂しく思うだろうな」  この数日間だけだったけど、万華、君は、多くの人の心に色々な万華を残してくれたな。俺には、お転婆娘だったお前と影のお前を。 「それはあらへん、ウチが別の平行世界に行ったとき、前の平行世界の人たちにあるウチの記憶はのうなる」 「なくなる?」 「そうや、いんかった事になんねん」 「そうか。もう驚くことではないな」 「ウチの、さっきの顔見たやろ?」 「ああ」 「だから、ウチの記憶はのうなったほうがええや」  俺は、迫っては後ろに流れるの街灯を見た後、万華に向いて、 「俺は、出来ることなら、そういう万華の記憶も残しておきたい」  万華は、しばらく無言で外を見ていた。対向車の光りが頭を影として浮かび上がらせる。 「おおきに」 とポツリと声が聞こえた。 「その組紐は、例の領巾(ひれ)なのか?」  セーターにショートパンツ姿では、天女の領巾(ひれ)では合わないだろう。長い黒髪を纏めている組紐に変えたと予想した。 「せや」 「似合っている」 「おおきに」  万華は、車窓からの漆黒の森を見ている。その後ろ姿は今までとは違う張り詰めた惜別の情で溢れている。そう言えば、君のそういう寂しそうな姿は始めてだな。病院で鼻水を垂らして泣いていた時も、喫茶店で領巾(ひれ)が見つからないと嘆いていた時も、何処か余裕があった。    ◇ ◇ ◇ 「ボス、万華ちゃんは何処に行ったでしょうね」 とディスプレイの砦の向こうから久保田が聞いてきた。  万華があっちの世界に戻ってから、一週間が過ぎた。久保田は那須高原で撮った写真をパソコンの壁紙にしている。まだ、だれも万華を忘れていねぇ。いやその時が来たら、忘れたことすら分からねぇのだろう。  久保田は何度か、 「ボス、ここは探偵事務所ですよね。尋ね人を探すのも仕事でしょう? 探しませんか?」 とディスプレイの砦から出てきて、机のまえで訴えてきた。 「万華が選んだ道だ。だから探す必要はない」 と答えた。  トントントン  ん?  「久保田、客だ。変な雑誌はしまっとけよ」 ガチャ 「権さん、おりまっか? 万華やで」
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