第1話-1 探偵、死す

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——— 事件が起きる6時間前   東京某所 時代に取り残されたような雑居ビルの2階 ———  トントントン、ガシャ ——— 年季の入った曇りガラスの扉を開けると、正面には古ぼけた応接セット。左手には仕切りを挟んでパソコンのモニターが四台。そのモニターの砦と仕切りの間を抜けると、そこにはリサイクルショップでも引き取らないような机が一つ ——— 「おはようっす、ボス、昨日も飲み過ぎですか?」    モニター群の向こうから、若い男の声がマウスのクリック音と打鍵音に混じって聞こえた。 「ばっかやろう、張り込みだよ、張り込み。ああ、だりー」  俺は、重い足を引きずりコンビニで買った新聞を丸め、首筋を叩きながら窓際の机の方に向かった。  そして、新聞を机の上に投げ捨て、ドスッと椅子に座る。  太陽が椅子に当たっていたのだろう。暖かく心地よい。 「ボス、酒の臭いがこっちにも漂ってきますけどね」 「うっせよ…… ところで、久保田、新しい依頼は?」  俺は新聞を広げながら、久保田からの報告を聞くことにした。  政治家の汚職事件が一面トップだ。こいつらは何時の時代になっても同じようなことをしてやがる。 「いえ、あの依頼から数週間、新しいのはないすっよ。うちの事務所、大丈夫ですかね」  なかなか、厳しいね。業務の幅を広げるか。しかし、俺と久保田の2人だけじゃ、こなせるものは限られる。  取りあえず、 「そんな事、俺に分かるわけねぇだろう」 「えーっ、ボスは、一応、ここの経営者でしょ?」  久保田君、痛いところ突いてくるね。しかしだ、俺には立派な理念があるのだよ。 「俺は、経営者である前に、誠実な探偵でありたい」 「また、そんな事を言って。従業員である僕の生活のことを考えてくださいね」  はいはい、分かってますよ。ところで久保田君、さっきから、マウスのクリック音が鳴り響いているではないか。株でもやっているのかな。安月給だから仕方ないけど、大やけどはしないようにな。  さて、三面記事はと、また猟奇殺人か。ここ数年、時々あるな。今年は10件に達している。  新聞には書いてねぇが、昔の同僚の話じゃ現場は惨劇その物らしい。  まあ、この類いの事件は、桜田門他にお任せしましょう。 『明朗会計、安全第一』  ここの社訓だ。 「久保田、例の上坂(のぼりざか)京子の依頼、印刷してくれたか?」 「右の書類受けに入れてます…… ボス、今やテレワークの時代ですよ。いい加減この事務所もペーパーレスにしませんか?」 「ああ、考えておく」  俺はマーカーでチェックを入れながら依頼書、調書に再度、目を通した。気になる部分はクリップから外し机に並べる。 「PCの画面じゃ、こう言うのできねぇから駄目だ」 と呟くと、 「僕みたいにマルチディスプレイにすればいいんですよ」 と、ディスプレイの砦からアドバスしてくれた。  青年のありがたいアドバイスは無視して、依頼書を読み返す。  上坂京子、ライトノベルの売れっ子作家。数年前から流行の異世界転生もので大ブレイクした。20歳そこそこという若さや面白い言動、ビジュアルも良いせいか、動画配信でもブレイクした。最近ではテレビ出演も増えている。  しかし、半年前から誰かに付きまとわれているらしい。その人物を突き止めて欲しいというのが依頼内容だ。桜田門は例によって事件にならないと動きが鈍い。 「おい、久保田、この写真は?」 と俺は、印刷された書類にある写真について、久保田に聞いた。 「ああ、それは、動画・写真サイトにUPされた画像から拾った物です」 「ふーん。同じ服装の奴が映っているな」 「ええ、奇妙な事にそいつだけ顔がぼけているでしょう?」  フードをかぶって顔を下に向けているので、見えにくいが確かにこいつの顔だけがぼけているな。なんか、気味が悪いが、今日の15時からサイン会。手付金は貰っているから仕方ない。目星を付けたら、桜田門に任せよう。    ◇ ◇ ◇
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