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第11話 牛男
ダダダダダ、ガチャ。
「ボス、ボス、早いですね。やっぱり、ニュースのことですか? SNSじゃ、もう凄いことになってますよ」
と予想通り、久保田が駆け込んできた。
「久保田、落ち着け、何のことだ」
と俺は冷静を装い、新聞を広げた。
「やだな、新聞にも載ってるじゃないですか? 『天女現る。首都高を飛ぶ。何かの瑞兆か』って」
久保田が俺の机の前にやって来て、新聞を指差して訴えてきた。
「落ち着けって。ここは探偵事務所だ。オカルトは扱わねぇ」
と椅子をクルリと回して久保田を見ないようにした。
そこに入り口の方から
「おはようさん、万華やで。織り姫姉ちゃんをつれてきたで」
と声がした。
俺が行く前に久保田が駆け寄り、
「あれ、万華ちゃん、学校は?」
と聞いたが、
「これからや、久保田、織り姫姉ちゃんを頼んだで」
と言いながら、さっさと出て行った。
「万華ちゃん、今からじゃ、遅刻じゃないの。車で送ろうか? あれ、もういない」
と久保田は声を上げていた。
心配するな久保田。万華はトップガンクラスの速度で飛んで行くから、学校まで3分とかからない。
ドン
と空中で音がした。
そして、部屋には
「あら、あんたさんは久保田はんどすか? ウチは、織り姫と申します。よろしゅうおたの申します」
とユックリと挨拶する織り姫がいた。
「織り姫さん、おはようございます。改めまして、私が千野 権蔵、こいつは助手の久保田です。ご主人の消息が分かるまで、昼間はこちらでお寛ぎください」
と俺は改めて自己紹介し、久保田も紹介した。
「ほんま、おおきに」
と答えた織り姫は、留め袖を着て髪の毛をアップにした和装だ。流石によく似合っている。
織り姫は、ソファーの上に正座し、別に何をするでも無く膝の上に乗ったラッキーを撫でて微笑みを浮かべている。
そこへ、久保田が小声で
「ボス、あの人は織り姫 …… さんですか?」
「久保田、織り姫さんは、ああ見えても大阪蓬莱組の若女将だ。だから、粗相がないように。怒らしたら」
と言った後、無言で喉を切る仕草をした。
「ああ、でも、似てませんか? SNSの投降の んんん」
と久保田が言い始めた所を、口を塞いだ。
「シーッ。俺たちの仕事で、依頼人への必要以上の詮索は命取りだ。覚えておけ」
久保田は頷くだけだった。
「ちょっと、出てくる。午後にもどる」
と久保田に告げた。
「ええ、あっ、織り姫さんは?」
「お茶も、食べ物も、お出しする必要はない。訳があってお食べにならない。時々、話を聞いてあげれば大丈夫だ。じゃ、よ・ろ・し・く」
「えー、ボスー」
◇ ◇ ◇
「旦那、猫なんかつれて珍しいな。それで今日は何ですかい」
「この猫は気にしなくていい。男を捜している。異邦人というか、何か、変わった振る舞いをする奴の噂を知らないか?」
「背格好は」
「いや、それが分からないだ」
織り姫に聞いても、顔を赤らめて「かっこいい人」としか答えないし、万華に聞くと「とらえどころ無い奴だな」としか答えない。
「旦那、ここは東京ですぜ。異邦人なんざ、ゴマンといやす。とてもじゃないがと言いたいところだが、とっびきりの変わった奴がいましたよ …… 牛男」
「ん? 牛男? なんだそりゃ」
「旦那、禄念御組、ご存じでしょう?」
「何故か最近羽振りが良い組だな。それと牛男が何の関係がある?」
「千葉に豪勢な組長宅があるですが、その牛男が一人で殴り込みしたらしいですよ」
「勇気あるな。で何で牛なんだ?」
「牛のかぶり物をかぶってたって噂ですぜ」
「はあ?」
千葉か。ちょっと遠いが行ってみるしかなさそうだ。牛男が彦星かどうか分からねぇが他に情報がない。気がかりなのは、殴り込みの後、消息が不明な事だ。今頃は千葉沖の海の底ってことになっているかも知れない。取りあえず、久保田には知らせておくか。
トルルルルル、トルルルルル
「ああ、久保田か? 織り姫さんはどうだ? そうか。分かった。悪いがこれから千葉に行く。でだ、禄念御組について、WEBで調べてくれないか? ん? 織り姫さん? ああ、万華が、学校が終われば迎えに行く。よろしく」
久保田は、なんのかんの言っていたが織り姫とは、まあ、旨くやっているようだ。
◇ ◇ ◇
トントントン、ガチャ
「おこんばんわ。万華やで。織り姫姉ちゃんはおるか? あれ、久保田、織り姫姉ちゃんは?」
とソファーにぽつりと座っている久保田に声をかけた。
すると、久保田が振り向き、真っ青な顔をして
「万華ちゃん、僕、織り姫さんを怒らしたみたいなんだ。殺されるかも知れない。どうしよう」
と答えた。
織り姫姉ちゃんに殺されるって? 何言うとるやろか。蚊も殺せんよ。せやけど、なんで、そんな発想になるんやろ。
はっはぁーん、権さん、久保田に何か吹き込んどるな。
「なあ、久保田、何があったんや」
「これを見せたら、凄い顔になって、黙って出て行っちゃんたんです」
とウチにタブレットの動画を見せた。
そこには、牛のかぶり物をした人が、千葉の海岸に打ち上げられたと言う動画が映っていた。むむ。彦兄さんや。それで織り姫姉ちゃん、飛んで行ったやな。
「久保田、こら不味いぜ。織り姫姉ちゃんな、牛に対して大変な思い入れがあるんやで。こんな衝撃的な動画を見したら、見境のうなるで。こら、動画を撮った奴もだけど、姉ちゃんに見した久保田もひょっとしたら …… 」
と言ってみると泣き顔になった。
権さん、相当なこと吹きこんどるな。
「大丈夫や、心配しぃな。ウチが取りなしてやる。まかしとき! ところで、姉ちゃんの素姓。知っとるんか?」
「織り姫さんは、大阪蓬莱組の若女将で、万華ちゃんは大組長のご息女って …… ひぃ。万華ちゃん、僕何か悪いこと言った?」
権さん、ええ度胸しとるやないけ。せやけど、これは面ろいことが、できるかもしれへんな。
「万華ちゃん、今度は何故笑っているの?」
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