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第12話 万華 殴り込み
「しかし、広い屋敷だな。それにでっかい倉庫だ。街灯で照らされているのが一部だが、相当にでかい。なあラッキー」
いつの間にか隣に座っているラッキーに声をかけたが、ニャーと鳴いただけだ。何故かあの日以来、喋らない。
さて、禄念御組の組長の家が見える小高い丘から双眼鏡で観察しているところだが、広大な屋敷には、かなり大きな倉庫と平屋の広い日本家屋、大型車が出入りできるゲートと城のような門がみえる。
「組員も相当な数だ。戦闘経験のある奴もいるな。ここに乗り込んだ牛男は、駄目だろうな」
牛男が彦星だったら、残念な報告になるかもしれない。
などと考えつつ、双眼鏡を覗いていると信じられないものが見えた。
「えっ、あれはなんだ?」
俺は、一度双眼鏡を外して目をこすり、再度、覗き込んだ。
「半獣人? いや、精巧な作り物? 縫いぐるみじゃねぇな。ロボットかもしれん。でもロボットだとしたら、檻に入れる必要はねぇよな」
檻に入っていたのは、ギリシャ神話のミノタウロスや、地獄の牛頭のような奴だ。牛男ってあいつなのか? かぶり物ってレベルじゃねえぞ。
いずれにしても、万華には知らせておくか。
トルルルルル、トルルルルル
「”なんや、権さんか。どないした? ウチら、千葉の西川名の近くにおるよ”」
「なんで、そんなところにいるんだ?」
「”久保田が、彦兄さんの居場所、見つけたんや。それで、織り姫姉ちゃんと来たところや”」
「話が見えないところもあるが、彦星はいたのか?」
「”海岸に打ち上げられた所を地元民に助けられて、そのまま、またどこぞに行ってしもたらしい”」
ああ、生きてたのか。でも、また消えたって?
「ちょっと聞くが、彦星は牛のかぶり物をかぶっているか?」
「”ああ、かぶっとるよ。織り姫姉ちゃんの手作りや”」
そんな特徴があるなら、初めから言ってくれれば良いのだが。
「牛男、いや彦星は、理由は分からないが、ここ、禄念御組の組長宅に一度来ている。俺は、また、来るじゃねぇかと思うけどな。それに万華に見てもらいたい物もあるんだ」
「”そうけ、ならそっちに行くで”」
「場所は、えーっと、どうやって場所を送るんだっけ? スマホって、機能が多すぎてな …… 」
「”大丈夫や、そこにラッキーがおるやろう? なら分かるで”」
ラッキー、お前はそう言う機能を持っているのか。最早驚く事ではないな。うん。ない。
「分かった」
とスマホを切った。
さて、組長宅はって、おい、何で彦星が、もうウロついているだ。ちくしょう。放っておけない性分なんだよな。
俺は丘を駆け下り、スバルを組長宅まで飛ばした。
◇ ◇ ◇
あちゃ、やっぱり捕まってやがる。組長宅の玄関前は騒然として、何人もの怖いお兄さんに取り囲まれているぞ。
彦星が『牛を解放しろ』と叫んでいるぞ。あらら、さっきより怖いお兄さんが増えた。
「くそ、あれじゃ助け出せねぇ。あっ、やべぇ、見られた」
怖いお兄さんたちが、長物をちらつかせてやってくる。後ろも大型車で塞がれた。
トントン
兄ちゃんが窓をノックする。
「オッサン、ちょっと、顔、貸しな」
しゃない。腹を括るか。俺は、声を掛けてきたお兄さんに、ジャケットの下のS&W M500をチラッと見せた。
するとそいつが、
「おい、こいつ、チャカ持ってるぞ」
と声を上げると、全員が下がった。
俺は、ゆっくりとドアを開けて、足を下ろし、両手を少し上げた。
「手荒なまねはしたくない。俺は、千野という探偵だ。さっきそこで捕まった人の関係者から依頼で、その人を探していた。申し訳ないが、その牛男を渡してくれないか?」
「そうはいかねぇな。黙って見なかったことにして、帰れば良し。さもないと …… 」
「さもないとなんや」
ああ、もっと怖い天女が来ちゃった。
「おい、そこの女、生意気な口聞くと、回して、売り飛ばすぞ」
「回す? そんな粗末なもんでウチを回せると思とるんか?」
「なんだと、このアマ …… 」
「なんや、もう言うことないんや、オノレの粗末なもんと同じで、頭も粗末やな」
「なんだと、このアマ …… 」
「ははーん、オノレ、それしか思い浮かばんのやろう。おなじ事を繰り返して、まるで壊れたレコードやな。せやから三下どまりなんや。回ってばかりで、ぱーとせえへん。クルクルパーとはお前の事や」
と口喧嘩が始まった。
俺は一応警告しておこうと思う。
「兄さん方。こいつには口喧嘩でも殴り合いでも敵わねぇと思うぜ。悪いことは言わねぇ。牛男を解放して、倉庫の中の物について穏便に話を進めようじゃないか」
と提案した。
「中の物だと! こいつら、生かして帰すわけにはいかねぇ、殺れ」
と一斉に斬りかかってきた。
すると万華は、髪の毛を束ねていた組紐をほどき、
「権さん、伏せぇ」
と俺に声をかけて来た。
俺が伏せると、組紐が蛇のように自分の意思を持って次々の襲いかかり、お兄さん方の刃物を持った腕に突き刺さり、足の骨を折っていった。
「フュー、万華、やるな」
「まだまだや」
門のあたりで、こちらの状況を見ていた数人が、声をあげて屋敷内に入り、大きな扉を閉めた。しかし万華が扉に手をあて僅かに肩を揺らすと、バンという音供に扉が吹っ飛んだ。
「権さん、気いつけや」
と言った後、何事も無かったの様に屋敷の中に入っていく。周りから、お兄さん方が斬りかかってくるが、組紐が一回りする毎に足が折れていった。
おっと、今度は飛び道具か。
「やれ、撃て」
と声の後、銃声が響く。
俺も応戦し、数人の兄ちゃん達の腕を撃った。万華の組紐は、俺たちの周りを高速に周回ながら、弾丸をはじき落とし、銃を持つ手を使用不能にしていった。
こうして数分の内に五十人強の兄ちゃん達は、万華によって武装解除させられた。
俺たちは日本家屋の家の玄関から、堂々と入り、一人の兄ちゃんを捕まえて、
「牛のかぶり物をかぶった男は何処だ? 言わないと」
と聞くと、震えている兄ちゃんは奥を指差した。
組長とおぼしき人物とその取り巻き五人、そして牛のかぶり物をかぶって猿ぐつわをさせられた彦星がそこにいた。
五人は、防弾チョッキに迷彩服、顔をマスクで覆い、明らかに軍人くずれと分かる。傭兵かもしれない。
「お、おい、殺れ」
と組長らしき者が悲鳴に似た命令を下すと周りの男達が動いた。
拳銃を右手に、大型のナイフを左手に持ち、打ちかかってくる。
三人が牽制し、二人が銃を撃つ。無駄の無い連携した動きで、万華を五人で攻める。
「万華、こいつらは、元軍人だ」
「なら、殺してもええな」
と万華は答えた。
俺は、チラッと万華を見ると、例の顔になっている。俺でも背筋が凍る。
組紐を一人の刺客の首に絡ませ、動きを制して弾よけに使い、後ろの刺客に蹴りを入れて、絡ませた組紐を引っ張り、首を切り落とした。次に組紐を回して、ナイフで斬りかかってくる刺客の喉に突き刺し、銃を撃ってくる刺客の一人に、そいつを投げつけ、残りの一人に拳を叩き込んだ。防弾チョッキが全く役に立たない。
「さあ、行こか」
と万華は組長が逃げた方に向かって行く。
倉庫の前で追いつくと、組長が彦星を人質にしている。
「こ、こいつを撃つぞ」
と彦星の頭に銃を突きつけた。
俺は、
「止めろ、そんな事を …… 」
と言っていると、万華が
「撃ってみ、さあ、撃ってみ、撃とうと撃たまいと、ウチはオノレを殺すぜ」
と脅した。
「畜生」
と言ったあと銃声が響き、組長は、わーを悲鳴を上げて、倉庫の中に入っていた。
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