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 山田は毎朝、駅までの道の途中にあるコンビニで、眠気覚ましのために缶コーヒーとシュガーレスガムを買うことを日課にしている。  コンビニのレジ係の女の子は大学生アルバイトで、すでに顔なじみになっている。とても感じのいい子で、たまに一言二言、会話をすることもある。  その日も昨日と同じように、冷たい缶コーヒーをガムを手に取ってレジに持って行った。 「いらっしゃいませ」「256円のお買い上げになります」「44円のお返しになります」  会計を済ませて、山田は購入した商品を手に持った。  そして店を出るためにレジの前から去ろうとすると、 「ありがとうございます。おまたお越しくださいませ」とレジ係の女の子は素敵な笑顔で言った。  そのとき、ポケットの中でスマホが振動した。  表に出てから、スマホを取り出して画面を見る。 「ありがとう深度 マイナス5.8です」  これは、先ほどのレジ係の子が言った「ありがとうございます」がマイナス5.8ということなのだろうか。つまり、ぜんぜん「ありがとう」と思っていない、むしろ迷惑に思ってるくらいなのに「ありがとう」を発したということなのだろうか。このアプリが本物で故障していないならば、それ以外にとらえようがない。  そりゃアルバイトの立場にしてみれば、客が多かろうが少なかろうが貰えるお給料は基本的に変わらないわけで、客が来ないほうが楽には違いない。  しかし、自分で言うのも何だが、それほど大きな金額を使ってるわけではないにしてもほぼ毎日来ている常連客なのに、まったく感謝されていないということがあるのだろうか。  山田はガラス越しに店内のほうを眺め、レジ係の女の子の顔を見た。  いつものさわやかな笑顔で接客している。  駅について、混雑する電車に乗る。  車内に、「ご乗車ありがとうございます。次は○○駅です」という録音されているアナウンスが流れる。  内ポケットでスマホが振動した。 「ありがとう深度 マイナス0.1です」と表示されていた。
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