6人が本棚に入れています
本棚に追加
三
山田の働く会社のオフィスは、十階建てビルの二階にある。
経理や法務を担当する部署なので、基本的にほぼデスクワークのみ。
出勤してからパソコンに向かい、黙々と仕事をしていると、午前11時を少し過ぎたところで、
「こんにちは。いつもお世話になっております。日本レンタグリーンです」という声が聞こえてきた。
オフィスの出入口のほうを見ると、青い帽子に緑の作業着を来た若い男が立っていた。
「観葉植物の交換に参りました。失礼いたします」と男は言ってオフィスに入って来る。
先々月から、社長の趣味もあって、レンタルサービスの観葉植物をオフィスに置くようになった。二週間に一回、植木鉢が交換されて、別の種類の観葉植物がやってくるという仕組みになっている。
男は課長のデスクに背後にある、1メートルほどの高さがあるフィカスを、植木鉢を握って持ち出して行った。そして間もなく、新しい観葉植物を運んできた。
今回の観葉植物はシェフレラという種類らしく、男は課長に何やら説明していた。
そしてそれが終わると、
「ありがとうございました」
帽子を脱いで頭を下げ、男は帰って行った。
山田のデスクの上に置きっぱなしにしていたスマホが振動して、ありがとう深度アプリが起動し始める。
「ありがとう深度 マイナス6.1です」と表示された。
その日の終業にて、部署内の一人の同僚が会社を退職することになっていた。田中という男性で、山田より10歳ほど年上。会社を退職して故郷に帰り家業を継ぐというようなことを田中は言っていたはずだが、あまり詳しくは聞いていない。
酒席が苦手な本人の希望により送別会などは行われなかったのだが、課長がこっそり用意していた花束を田中に手渡し、これまでの働きをねぎらった。
同僚たちは田中に握手を求めて、
「お世話になりました。本当にありがとうございました」や、「どうかお元気で。今までありがとう」と笑顔で声を掛けていた。
そのたび、山田のスマホのアプリが起動して、ありがとう深度を勝手に計測していく。
それがプラスになることは一度もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!