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四
夕方から山田は同い年の恋人とデートをすることになっていた。
待ち合わせ場所のカフェに行くと、彼女はまだ来ていない。
ひとりでコーヒーを飲んでいると、となりの席の会話が聞こえてきた。
「だいじょうぶですよ。みなさん、これでちゃんと毎月配当を得られていますから」
ちらりと横を見ると、40代くらいの男と、80歳くらいだろうか、とにかく年老いた男が、四人掛けの席に向かい合うように座っていた。
40代の男はきれいなスーツを着ていて、いかにも営業パーソンという見た目だった。男はテーブルの上にカラーで印刷された資料を出して、老人に何やら説明している。
「こちらの商品なんですが、インドネシアでエビの養殖をする事業の債券に投資するという案件になっております。事業自体には現地政府が利益の保証をしていますので、元本割れは有りません。一口100万円から、満期は5年で年12%利回り、つまりひと月あたり1%の利回りとなっておりますね。すでに20年事業を継続しておりますので、安全安心ですよ」
それを聞いて、老人は老眼鏡越しに資料を見ている。
「すごいね。そんなに利息が付くのか」老人は目を輝かせて言った。
「ええ。お孫さんの教育費のためにも、いかがでしょう」男は言った。
「いきなりたくさんの口数を投資するわけにもいかないから、最初はひとつかふたつになると思うけど、後から追加もできるんだよね?」
「ええ、可能ですよ」
山田は横でそれを聞きながら、これは詐欺に違いないと思った。エビの養殖か何か知らないが、今どき元本保証で12%の利回りなど有り得ない。仮に有り得たとして、なんでそれをわざわざ人に売ろうとするだろうか。ぜったい儲ける案件なら、自ら投資するではないか。
「それ、詐欺ですよ」という言葉が喉元まで出てくる。しかし、まったく見ず知らずの相手に口をはさむのも気が引ける。
老人は少しのあいだ悩んでいるようなそぶりをしていたが、やがて、
「よし、じゃあ一口だけお願いしようかな」と言った。
「ありがとうございます!」男はそう大声で言い、テーブルに額をこすりつけるように頭を下げた。
男は契約書らしき書類をバッグから取り出す。
老人もふところのポケットから印鑑を取り出した。
さすがにこの老人が騙されるのを黙って見過ごすわけにはいかないだろう。そう思って山田が立ち上がろうとすると、内ポケットでスマホがふるえた。
スマホを取り出して画面を見ると、
「ありがとう深度 プラス9.8です 非常に強い感謝が示されました」
と表示されていた。
その画面の示す意味を、呆然とした頭で考えているうちに、老人はハンコを撞いてしまった。
彼女とのデートは、予約していた高級イタリアンに行った。彼女の誕生日が来週の土曜日なのだが、その翌日が彼女が受験する資格試験日になっているため、少し繰り上げてお祝いをする。
一本5万円するワインをふたりで飲み、生ハムサラダやオッソ・ブーコ、ピリ辛のアラビアータなどを楽しんだ。
山田はまだ20代半ばだが、この彼女との結婚を真剣に考えている。
とても可愛くて穏やかな性格をしているし、話していて気が合う。一生を共にしていける気がしている。
食事が終わって、山田は彼女のに誕生日プレゼントを渡した。
何をプレゼントしたらよいものかずいぶん迷ったのだが、ショップの店員にいろいろ聞いて、ダイヤモンドの付いたプラチナのネックレスを買った。
彼女にそれを手渡すと、彼女は早速それを開封する。
ケースを開けると、彼女の顔が満面の笑顔になった。
「これ、高かったんじゃないの? 本当にもらってもいいの? うれしい。ありがとう」と彼女が言う。
そのとき山田の内ポケットでスマホが振動した。
こっそりスマホの画面を見ると、
「ありがとう深度 マイナス3.8です」と表示されていた。
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