0人が本棚に入れています
本棚に追加
卒業式は、思ったよりも感動する場ではない、と感じた。
むしろ、なんかどんよりした感じだった。私がそうなだけな可能性がかなりあるのがつらいけど。
中途半端に進学意識の高い私の高校は、大学受験に対する熱の入れようもすごかった。
私が上から目線で言うなら結構空回りしてる気がするんだけど、もうそれはいい。
というのももう大学受験も終盤。
国公立大学の前期試験は終わっていて、合格発表はまだ。
そんな時に卒業式は、行われる。
というわけでお分かりの通り、私がどんよりしているのはただ大学受験で思ったよりも上手くいかなかっただけで、卒業式はやはりきっとかけがえのない行事というものなのだろう。
そんなかけがえのない行事の日に、最初に話したのは、晴翔だった。
「晴翔はさ、なんかきちっと制服来てると似合わないねー」
テキトーにからかいながら昇降口まで二人で歩く。
「なんだよ。そんなこと言ったら……いいや、言わない」
晴翔は私を見て笑って、それから口を閉じた。
私と晴翔は小学生の頃からの友達で、お互い色々なことを知っているような関係だ。
そんな関係が始まったのは、春。春は春でも、私が転校してきたばかりの、私がこの街に慣れていない中で迎えた春だった。
☆ 〇 ☆
あ、のりあったっけ。
転校してきでそんなまだ経ってないけど、みんなから注目されるみたいなことは無くなってきた頃。
私はのりを忘れたかもしれないって思った。
けど、結局あった。
私は無事見つかったスティックのりのぐるぐる回すところをひたすら回した。
すー、とのりが出たり引っ込んだりする。
「それ、出し過ぎると、戻らなくなるよ」
ふいに、隣の男の子がそう言った。
そんな忠告してくれるなんて……優しい。
私は、変な行動をしていたのに。
でも、その時私は恥ずかしくて、口でありがとうって言わずに、ノートに頑張って綺麗な字でありがとうって書いて見せた。
それでも、隣の男の子は笑ってくれて、それが晴翔だった。
☆ 〇 ☆
卒業式が終わったのが午前中。
その後みんなでお昼を食べて、それが本当に最後の行事という感じだった。
そうしてみんなそれぞれ帰る。
私と晴翔は、帰りの電車の中で、決めた。
今日は最寄駅を通り過ぎて、少し先へ行こうと。
どこまで行くかというと、大きな川があるところまで。
行ったことないけど、きっと綺麗だろうから、そこまで行くのだ。
海まで流れる水を見に行くと言い換えることもできる。
それがなんだって言われるとよくわからないし、変なのって自分でも思ってしまうけど、そんなことが頭に浮かんだりした。
川のそばの駅で私たちは降りた。
一番出口から遠い、ホームの端に降り立った。
前のベビーカーを押しながら歩いている家族に追いつくことなく、私と晴翔はゆっくりと歩く。
駅前は建物もあるので川は見えない。
でも川の方向はわかっているので、私と晴翔は進みはじめた。
途中、住宅街を通っていく。
空き地に、小さな紫色の花が咲いていた。
なんだろう。
名前はいいや。とにかく可愛い花。
少し進むと、黄色いチョウが私たちのすぐそばを飛んでいった。
ま、これも名前いいや、って思っていると、晴翔が、
「あ、モンキチョウ」
とつぶやいた。
晴翔、小学生の頃から生き物に詳しかったなあ。
来たことのない場所で、昔の晴翔を思い出した。
川の目の前までやってきたけど、私と晴翔は川辺におりることはできなかった。
なんか河原で工事をやっていたからだ。
だから私と晴翔は、川の反対側に渡って、そこから降りることにした。
橋は結構高いところにかかっていて、だから景色が綺麗。
下は川で、上は天気のいい空で、うっすらと月が見えたりした。
電車が渡る橋が川の下流側に見えて、ちょうど電車が、橋の上ですれ違うところだった。
私と晴翔はゆっくりと渡っていって、半分くらい、満足してしまった。
反対側からはちゃんと河原に降りることができた。
ラジコンの飛行機を飛ばしている人が向こうにいるだけで、後は私と晴翔だけ。
川の流れは思ったよりも強くて、魚を探してのぞいたりするのには適してなかった。
「卒業、なんだな、もう、したんだな」
川の中を見つめていた晴翔が言った。
「だねー」
私はどこかに向けて音を発した。でも届く先は晴翔。
「あの、変にスティックのりの出し入れをしていた月奈から、何年だ? もう十年じゃん」
「な、なんでそんな昔の私の変なところ覚えてるの?」
「だって初めて話した時じゃん」
「そ、そうね」
そうなんだけど……つまりは私、晴翔に初っ端から少し変わった人だという印象を与えていたことになるよね。
それなのに、十年も、私と友達でいてくれた。
私はよく、変な方向に夢中になってしまうことがある。
あの時のひたすらのりをいじるのもそうだし、高校生になっても、歴史の教科書に載ってる肖像画をスケッチしちゃったり、索引をひたすら眺めたりしてた。
だから私はちょっと不思議な人だと思われていた気がする。
それは、現実逃避が下手っぴな、私の性格の表れだと思う。
「ありがとう」
「あ、うんと、え?」
私の突然のありがとうは、晴翔を幼くて不思議そうな顔にさせた。
不思議そうな晴翔と不思議な私が目と目を合わせて、川でつながった。
「あの時、あののりのとき……」
「あの時のお礼だったの?」
「ううん、あの時から今までのずっとの」
少し不思議で、周りから距離置かれていた私に、普通に楽しく話しかけてくれた晴翔。そんな晴翔の隣にいると、私は自分で自分のことがすごく不思議だなあ、と思うのだ。
だって、なんだか、点滅している歩行者信号みたいに、光を乱反射している川面みたいに、晴翔の顔を見たい気持ちと見たくない気持ちが、入れ替わる。
きっと、点滅している信号を晴翔だけに渡ってほしくはなくて、川の下流まで流れていけるなら、一緒にボートにでも乗って流れて行きたい。
私今、そんな気持ちなんだなあ。
だから、私は、言わないとだめだ……言いたい、今、言うよ。
私を、不思議な女の子にしてくれて、ありがとうって。
最初のコメントを投稿しよう!