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 画面の中では、今まさに男性が女性に別れを告げようとするところだった。相思相愛であるにも関わらず、庶民の彼では家柄が釣り合わないという周囲のプレッシャーに疲弊していた女性。そんな彼女の苦しむ姿はもう見たくない、と決意した男性は女性をカフェに呼び出した。  彼の意図に気づいている彼女は、すぐに話をそらそうとする。 「ねえ、ここの期間限定のフレーバー、すごく美味しいんだって。今度一緒に行こ……」 「ごめん。俺たち、別れよう」  とうとう発された決定的なセリフ。彼女の顔にスーッと絶望の色が広がる。 「どうして、そんなこと言うの……」 「君にふさわしい人に出会えるように、心から祈ってるよ」 「私はあなたがいいのよ」  いいすがる彼女の目には大粒の涙が溢れている。彼はぐっと唇を噛み締めた。そして、無理矢理に作った笑顔で告げた。 「いままで、ありがとう」  その瞬間、メガネ型インターフェースに反応があった。彼の顔に円形のターゲットマークが表示され、「喜び:B、悲しみ:B+」という文字列が表れた。  ドラマは続いていく。  涙でグシャグシャのかおで、彼女も彼に告げた。 「私の方こそ、いままでありがとう」  今度は彼女の顔にターゲットマークが現れ、「苛立ち:C」の判定。  その後も、コンビニ店員が「ありがとうございましたー」といえば「義務:−」の判定、別の場面では「好意:A−」など、ありがとうという言葉が発せられるたび、その言葉に込められた感情と強さが判定される。  くらくらしてきたため、私はメガネを外した。 「これは一体、どういうことだい?」 「見てもらったとおりさ。発言者の声の振動、間のとり方、心拍や体温、その他いくつかのデータを組み合わせて、98%の精度で相手の感情を判定する。現在は「ありがとう」という言葉のみに反応するよう調整しているが、解析する言葉を増やすことも可能だ」  淡々と告げる友人の顔に笑みはない。 「これで、どうやって人の精神を分断するんだい?」 「ありがとう、ごめんなさい、好きです、愛してる……どんな言葉にも、基本的にその言葉通りの意味が少なからずこもっているというのが共通認識だ。それが、ありがとうと言っているのに迷惑だと感じていたり、ごめんなさいと謝っているのに眠そうだったり、そんな内面が引きずり出されてしまっては、世の中はどうなる?」  言われるまま、想像を広げてみた。親が使用したら。上司が使用したら。独裁者が使用しだしたら。なるほど、これは世界を変えてしまう。  友人は唸り声を漏らしながら悩んでいた。研究者として、発明したものを世に知らしめたいという気持ちと、この技術が世界に広まったときに起こる混乱とを天秤にかけているようだった。ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの苦悩を現代に再現するようだ。  夜通し悩んでいた友人は、朝日が登る頃にようやく顔を上げた。 「決めたよ」 「どうするんだい?」 「この発明は、墓の中へ持っていく」  その言葉に迷いはないようだった。
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