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閉まるムーバスのドアの音を背に、近くの座席についた。既に動き出している車内では、自分の体ひとつまっすぐに保つことも難しい。
身の回りの品だけを詰め込んだつもりが思いの外かさばってしまった手荷物を抱きかかえて詩織は、これから自分が巻き起こす予定の嵐に思いを馳せた。
実家の両親に会わないまま気付けば十年が経っている。この穏やかな武蔵野の片隅で、愛情をかけて育ててくれた父と母。
だけど、その情にいつしか歪なものが混じり出したことに気付いたのはいつだっただろう。
都心の女子大に進学することが勝手に決められていた一件から始まり、高校生活の終わりには、将来の結婚相手の家と両親が既に親睦を深めていると聞かされた。
あの時代の詩織は、自分の置かれた場所の窮屈さに、息も詰まりそうな心境だった。
そうして女子大を卒業した日、小さな荷物一つで出て行ったまま生家には戻らなかったのだ。
思い詰める詩織に、中学時代の親友が、自分の住む京都に来たらどうかと言ってくれたことだけが頼りだった。
舞妓になりたいと言って引っ越していった後も、厳しい仕込み修業の合間にメールを寄こしてくれた彼女は、昔も今も詩織の希望の光そのものだ。
大袈裟なため息を吐くような音を立ててバスが停車した。吉祥寺駅北側の通りだ。
地域のコミュニティバスとして運行し始めて二十五年のこのムーバスには、変わらず地元のお年寄りが乗車してくる。
車内を見渡す詩織の眼前で一人のおばあさんが遅れて入ってきて、よたよたとすぐ前方の席に腰を下ろした。
布がまだ新しい高齢者用カートを手すりの外に立てかけている。
揺れるバスであの場所は不安定だな――。
そう考える間もなく、発進の振動でカートはこちらに倒れてきた。
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