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自分の恋心を告げて今までの関係性が崩れれば、唯一の味方がいなくなってしまう。
その可能性を思うと、詩織の口は自然と閉じた。
生まれてこの方、どんなときでも気持ちを理解してくれていたはずの母や父は、詩織の惑いに思い当たる気配もないようだった。
そんな詩織が彼女という人間に密かに、自分の人生の希望を投影したのは必然とも言えた。
気付けば彼女は舞妓を目指すと言って、中学卒業と同時に、意気揚々と詩織から離れていった。
詩織が積もり重ねた想いを彼女に告白したのは、遠距離の片思いを長く続けた後のことだ。
彼女が京都に行ってからも同じ境遇の仲間として連絡を取り合ってきて、その膨大な日々の先でようやく好きだと言えた。
「ありがとう、私も詩織のこと好きだよ。付き合おっか。女どうしだけどね!」
大学の長期休みを利用して京都まで赴いた詩織が、顔を真っ赤にさせて告げた想いに、彼女は茶目っ気を含ませつつもさらっと答えてみせた。
あぁやっぱり敵わないな、と彼女との差を痛感する一方で詩織は、自分の想いに対して彼女が「ありがとう」と言ってくれた幸せを、体全体で噛み締めた。
詩織が大学卒業までを親の監視下での不自由な生活に甘んじてきた間に、彼女は厳しい置屋住み込みでの舞妓修業を終え、芸妓として独り立ちしていた。
彼女が一人暮らしするマンションに身を寄せた今、彼女が詩織の居られる場所のすべてになっていた。なのに。
「このまま詩織と二人だけで完結する人生ではいけないような気がしてきたの。実家の両親に打ち明けてみようと思う」
最愛の人の言葉が、母の呪いの言葉の上に積み重なり、気味の悪い破裂音を立てて一緒くたに消えた。
いついかなるときでも癒しだった彼女の凛とした声が、記憶の底に封じ込めてきた母の声と重なることになるなんて想像もしなかった。
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