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一番の味方だった彼女に詩織は今、割り切れない思いを抱いている。
娘の舞妓志願に折れて、後に関西へと移り住んだ両親に、彼女は芸事の間を縫って日帰りで会い、あっさりとカミングアウトを済ませてきた。
両親は彼女の告白に一度は驚いたが、舞妓になると言い出したときほどの反発はなかったらしい。
中卒で伝統芸能の道に進むことを説き伏せた時点で、彼女の戦いは終わっていたのだ。
「話してみればなんとかなるもんだよ。『今度は詩織さんも連れてきなさい』って言ってくれた。やっぱり長く離れてても親は親だね」
花柳界を志す前から、決めたことをやり抜く強さが彼女にはあった。
その人生に対する素直さは、親の言いなりの少女時代を送ってきた詩織とはまったく別の無邪気さだった。
大好きなはずの彼女の物わかりの良さに、詩織は時おり羨ましさと疎ましさを覚えた。
「詩織も思い切って武蔵野に帰ってみなよ。お母さんたちもきっと詩織の幸せをわかってくれはるよ」
「うん……ありがと」
仕込み時代から京の花街言葉を叩き込まれてきた彼女は、詩織と二人のときには関東の言葉に戻るが、京都弁がふとしたときに入り混じる。
そのたび詩織は、彼女はもうこの地に根を張っているのだ、とどうしようもない遠さを感じた。
十代半ばにして進路を見つけ出し、大反対する両親を説得して、遠く離れた京都に単身で赴き、芸の世界に自分の居場所を作り出した彼女。
私はその間に、何をやり遂げただろう。
彼女頼みで両親の束縛から逃げ出し、結局、どこにでもある中小企業の事務仕事で生計を立てている。彼女と違って何者にもなれていない。
それどころかレズビアンである自分は、結婚・出産など、世間が期待する普通の女としての責務を果たすことさえ放棄しようとしているのだ。
彼女と離れ、こうして地元に帰ってきた今、無力感はさらに際立って感じられた。
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