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「特別に意識することはなかったけど、わたしたち子どもはずいぶんな希望だったみたいね」
子どもは希望、という思わぬ一言に、先ほどまで脳裏を暴れていた魔物が息を吹き返した気がして、詩織は声を萎ませた。
「やっぱり子どもを産むのは当たり前なんでしょうか。育ててもらった両親に、希望を与えてあげられない私は親不孝ですよね」
両親と離れて長い時間が経った今、この十年が本当にこれでよかったのか、今の詩織にはわからなくなっていた。
両親の庇護下で不満を感じながら過ごしていた学生時代と、自分は本質的に何も変わっていないのではないか。
彼女との夢のような日常。この街で一人っきりになってしまえば、それを肯定してくれるものはどこにも見当たらない。
竜宮城で楽しい時を過ごしている間に、年だけをぐっと取ったような気がした。
詩織の言葉に何かを感じ取ったのか、おばあさんは「聞いてちょうだい」と静かに言った。
「わたし、若いころは求めてくれる人の声のままに各地を転々としていて、これでも人気があったのよ」
詩織の頭の中で、着物姿の艶やかな若い女性がこちらを向いた。それは、愛する彼女が下積みの舞妓だったころの華やかな出で立ちと似て見えた。
芸妓として独り立ちしてからは暗めの色合いの着物ばかりを着るようになった彼女の、鮮やかな振袖時代を詩織はよく知らない。当時は離れて暮らしていたから。
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