解凍

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 十年ぶりに会う母は、全体的に水分が増え、その割にはこじんまりとしていた。    「そういうときは会っておいたほうがいい」と師匠や先輩に言われて来てしまった手前、いざドアの前に立つまで理由が足らないのに気づかなかった。  息子である以外の理由が足らなかった。  なぜ、僕らを捨てたのか、  なぜ、代わりに置いていったのが借金だったのか、  なぜ、最後にこの地に戻ってきたのか、  どれもいまいち賞味期限が切れているような気がした。  「なるほど」と自分が今日来られたことに納得したら、もう一人の高校生の自分に怒られた。  木造のアパートというのも良くなかった。  外階段の音やギリギリ義務を果たしている手すり。  発生元不明の絵の具にはいない緑色の臭いが知らない言葉で騒ぎたてた。  一度駐車場まで戻り、友人に電話をしてみた。  わからないことをわかってもらうのは、意外と早く済んだ。  ありがたかった。  友人は「うん、しか言わないぞ」と言ってくれた。  十本目のタバコはひとりで燃えていた。  うん、しか言わないはずだった友人は最後に「わかんねぇよな」と言った。  そういうもんか、と思った。  電話を切ると夜が始まっていて、急にロックが聴きたくなった。  アイポッドでKISSを流してみた。ひどくうるさかった。  もう一服だけ、と思ったらアパートがよく見えなくなっていた。  何かがチャンスだった。  そのまま小走りで階段を一段抜かしで上がり、インターホンを押した。  はぁいと言って、すぐにドアが開いた。  冷凍庫の奥で半分忘れていた「はぁい」だった。  『一秒が永遠に感じる』って嘘くせぇな、と思った。  息子です、と口が全財産を投げ出した。    十年ぶりに会う母は、全体的に水分が増え、その割にはこじんまりとして、おかあさんだった。
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