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奈津美が東京に戻ってしばらくすると、信也から突然の電話があった。
「奈津美、会いたいんだ」
「・・・」
「何を言っているの?私たちの関係は終わったはずよ。」
「でも、僕には奈津美が必要だ。」
「私の体が?」
「そうだ。」
「はっきり言うのね。」
「わかってるだろう。僕が本当に好きなのは奈津美だ。」
「・・・わからない。」
「奈津美」
体だけの関係、変な女と関係するよりは、後腐れなく間違いのない奈津美との関係は、安全なはず。世間からは批判される行為かもしれないが、奈津美と関係することで、信也は夏と一緒にいる時間は、優しく最高の演技を続けることができる。そう確信していた。
会いたいという信也の言葉に、奈津美は戸惑う。恵斗との別れ、彼と旅をすることよりも、彼と一緒に居たい気持ちを抑えて、別れることを選んだ。彼のために。恵斗が描き続けるべきは、美しい景色。癒されたいという想い。そんな想いをあの風景から受け取ることで、きっと彼は描き続けられるだろう。
彼と過ごした時間は再び戻って来ることは無い。あの場所で過ごした別の自分、生きる喜びを感じてしまった自分を打ち消すために、彼の元へ戻るしかない気がした。
懐かしいあの場所で、出会ったきれいな顔の彼。恵斗のことを思いながら、奈津美は、信也の呼び出しに応じ、その時は、別の奈津美として彼に会う。
信也は、奈津美との関係を続けることが、夫婦がうまくいく最善の方法だと思い、行動に移した。そう自分に言い訳をしながら、奈津美と会う。
しかし、奈津美のことをどんどん好きになる。いつの間にか信也は奈津美への感情を抑えることができなくなり、夏の厳しい視線は、夏自身の体に触れることを避けるメカニズムへと移行していく。
優しくしたいという思いとは反対に夫婦の間はセックスレスという状況を作り出していった。忙しく疲れて帰る夫に、気を使いつつも攻めるような視線を浴びせる妻。真面目で控えめな夏が、自分から子作りのためのセックスを求めてくることは無い。それでも信也は子供さえできえれば、夏は子供に夢中になるだろう、家庭は平和になるだろうと、夏を抱く努力も時折していた。
奈津美は、「奥さんとのセックスでは満足できないの?」そんなことを、優しさから口にする。ありえないと思うかもしれないが、彼の家庭生活をうまくいかせるための、私たちの関係。私とセックスすることで、妻に優しくなれるという彼の言葉を言い訳に、私たちは真面目な性格の彼女ではできないようなプレイを堪能した。一度別れる前よりも、激しさを増したように思う。それでも、それは、ほんの2、3時間。数か月に1度、その時だけの夢の世界。
正直、私には好都合でもあった。結婚したいわけでもないが、恋愛はしたい。愛し愛されたい、心も体も満たされたいと願う私は、結婚した男、結婚しようとはいわない男だから付き合う。そう自分に言い聞かせながら、関係を続けていた。
その時の私はどうかしていたのだ、この勝手な考えが、人を深く傷つけることを考えもしなかったのだから。
でもねえ、神様は見てるのよ。きっと。人を深く傷つけた人間には罰を与えるの。
「最近、夏の様子がおかしいんだ。もしかしたら、気づいているのかもしれない。」
「これ以上は無理ね。もう、今度こそ、本当にお終いにしましょう。」
私は二度目の彼との別れを経験し、キャリアを積んだ仕事も辞めることにした。誰かを傷つけたまま、自分だけが変わらない生活を続けることは、出来ない。
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