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最近、出張や残業続きで、なかなか会う時間がとれなかったので、智樹はずっと不機嫌だった。今日は絶対に遅刻はできない。
待ち合わせの場所につくと、ぎりぎりの時間。とにかく間に合った。彼の姿はなく、ほっとしながら、テーブルにつき、アイスコーヒーを注文。15分経っても彼は姿をみせず、何の連絡もない。こんなことは珍しい。少し心配になってきた。
智樹は、携帯電話の時刻をみて、舌打ちをした。しまった、既に20分も過ぎている。帰ろうとしたところで、急に上司に呼び止められたのだ。あわてて電話をかける。
「もしもし?」
「ごめん、未知。連絡できなくって。」
「ううん、今どこ?」
「まだ、会社なんだ。」
「そう、気にしないで。残業?仕方ないわよ。私は、構わないわ。仕事だもの。」
「・・・。」
「智樹?」
「ああ、ごめんな。」
「うん。じゃあ、お仕事頑張って。」
なんてことだろう、せっかく、無理をして時間を作ったというのに。どうせならもっと早く電話してくれればいいのに。電話を切った後、智樹へ向けた、愚痴が心に沸き立つ。けれど、電話口では、決してそんな態度はとらない。余裕で心の広い女でありたい。それが、年上の女というもの。
智樹は、会社勤めで3年目を迎えたところだが、最近、仕事も増えてきて、未知とのすれ違いも増えてきた。会社では、よき先輩として、後輩も頼ってくれるし、仕事もやりがいがある。仕事が理由で会えないのはお互い様なのだから、無理はいえない。
「・・・」
なんだよ、未知のやつ。俺に会えなくても、ちっとも寂しそうじゃないよな。もう3ヶ月。前に会ったのは、3ヶ月前のことだ。遠距離恋愛じゃあるまいし、なんで、ああ冷たいんだ。あいつ。俺に会いたいって思わないのか?
智樹は電話を切ったあと、しばらく苛立っていた。
「あれ、まだ帰ってなかったのか?」
そう、同期の柴崎に声をかけられ、
「ああ。飯でも行かないか。」
と、彼を誘う。
「おお、いいぞ。」
二人で居酒屋に入り、焼き鳥を食べながら、ビールを飲む。柴崎は、大学生を長くやっていたらしく同期入社だが、確か歳は3つ上だ。それでも、なんとなく馬が合い、智樹にとっては、いい友人でもあり、いいライバルでもあった。
「俺さあ、そろそろ、結婚するかも。」
と、柴崎が突然言い出した。
「えっ?」
「結婚だよ。結婚。まあ、まだ、あんまり実感ないんだけどさ。」
「えっ、結局?」「相手は誰?」
「なんだよ、それ、えりちゃんに決まってるだろ。」
「ああ、そうだよな。いや、この前、お前が、あの水嶋さんと付き合ってるんじゃないかって、聞いたばかりだったからな。」
「マジで?」
「うん。最近だよ。いつだったかな。」「それに、えりちゃんとはあんまり結婚したくないような感じじゃなかったか?」
「そっか。ばれてたか。」「そう、彼女とも付き合ってんの。いや、付き合っては無いか。何度かあったってだけ。だけどさあ、えりちゃんが、できちゃったの。なんて、いうもんだからさ。」
「できた?」
「そ、子供。」
「それで、結婚か。それは、まあ、そうだよな。」
「だろう、あまりに、ありふれた話で、つまんないよなー。匂わせをスルーしてたら、強行突破。まんまとハメられました。いや、まあこっちがやってんだけど。」
といいつつ、柴崎は、大げさに笑った。
柴崎の電話が鳴る。
「もしもし。あー、今、飯くってる。ん?智樹とだよ。ほんとだって。ああ、わかってるよ。大丈夫だよ。ああ。うん。わかった。今店だから。」
「で、結婚って、どうするの水嶋さん。」
「水嶋さんは、大人だから。なんていうか、そういう割り切った関係っていうか。たぶん、彼女にも他の男がいる気がするんだよな。」
「そうなのか?」
「たぶんな。年上の女性に弄ばれてるのは俺のほうかも。」と、笑ってみせる。
「ただ、周りにばれてるのはまずいな。」
「そりゃ、そうだろ、水嶋さんがかわいそうだよ。」「男は割り切った関係で済むけど、女の人はそういう人なんだって、レッテル貼られちゃかわいそうだよ。」
「確かになあ。」「でも、まあ、今回の仕事が終わったら。会うこともないよ。ま、そんなことは置いといて、今日は飲もうぜ。智樹。でも、水嶋さん、なかなかいい体なんだよなー。」
「お前ってやつは。」
智樹は、未知のことを考えていた。28歳、仕事をバリバリしている未知は結婚する気があるんだろうか。水嶋さんって、何歳なんだろう?たぶん、30は超えてるよな。割り切った関係?結婚してるのかな?いや、独身だよな。結婚する気無いんだろうか。それとも柴崎が都合よく考えているだけなんだろうか。
遅れてでも、やっぱり未知に会いに行けばよかった。と、くだらないことで腹を立てたことを智樹は少し後悔していた。
家に帰った智樹は、未知に電話をいれる。
「未知。今日はごめん。結局、あのまま上司と飯食いに行くことになっちゃって。」と、小さなウソをつく。
「次、埋め合わせするから。」
「うん。大丈夫よ。気にしないで。私も忙しくて、そういう時もあるし。」
未知は、なんとなく智樹が何か言いたそうな気がした。それでも、それ以上会話をする気にはなれない。ぎこちない空気のまま、二人は電話を切る。
今日は、一人でいたあの喫茶店で、つい、いろいろ考えてしまった。思いがけず、空いた時間。今、私はどうしようとしているのだろうか。未知は、もともと、真面目に仕事に取り組んでいたが、特別に出世欲があるキャリア思考の持ち主でもない。しかし、仕事を始めて、いつの間にか人に頼られるようになり、人に求められるようになり、一生懸命に仕事をしてきた結果、本当にいつの間にか、キャリア志向の女性のように、見られるようになっていた。自分はこれからどうしたいのだろう?
りりかから、メールだ。
あの日、りりかに博多で会って以来、時々こうやって連絡がくる。
相変わらず、優雅なお姫様生活をしているようだが。
『お疲れさまー』『今日も仕事遅い?』
『今日はもう帰ってるよ。』
『仕事大変だねー。毎日』
『まあね』
(何がいいたいの?馬鹿にされてる?)
『私も、ちゃんと仕事してれば良かった。』
『どうしたの?急に』
『今更どうしようかなって』『真剣に婚活しよっかな』
『なら、仕事しなくてもよくない?』
『そうだけど』
『だけど?』
『結婚するしかないなーって思って。』『仕事、ちゃんとしてたら、もっとちゃんといい人見つけられたかな。』
『どういうこと?』
『彼がね。彼とね。別れたいんだ。』『でも、勇気がない。』『今の生活、無くなってもいいのか。』
『でも、楽しくもないんだよね。最近』『合わせるのに、疲れっちゃって』
『未知、彼はいないって言ってたけど、ほんとはいるんでしょ?』
『結婚とか考えないの?』
続けざまにくるメッセージ。
どう返そうかと迷っているうちに、一方的に、送られてくる。
結婚、という言葉に戸惑う自分がいた。
『どうだろう』無難に返す。
『仕事楽しそうだもんね。』
『そういうわけでもないけど』『ただ、やっぱりやめられないな。とは思う』
『彼がいても、婚活してもいいよね。』
『彼っていっても、既婚者でしょ。別にいいんじゃない』
『だよね。』
『何か迷ってるの?』
『愛人の一人、ただそれだけなんだけど、結構いろいろ細かくて』『怖いんだよね』
『何が?』
『浮気しちゃだめだよ。とか。』
『自分は好き放題なのに?』
『男ってそういうもん?』
『そうなのかな』『でも、りりかが、その人の犠牲になる必要はなくない?』
『だよね。』
『だよ。』
『っていうか、嫌なら別れれば?』
『そうなんだんけど。』
『不安なの?寂しいの?』
『どうだろう。そう、なのかな。別れると、なんかもう、誰からも必要とされなくなっちゃうみたいで怖いんだよね。』
あのりりかが、こんなこと言うなんて。信じられない。いつもたくさんの人に囲まれて、誰もが彼女を羨ましく思い、彼女と友達になりたいと思っていた。男の子だってみんな彼女と付き合いたいって思ってる、そんな子がたくさんいた。
なのに、今、彼女の周りにそんな人はいないのだろうか?
仕事か。彼女は確かアパレル関係で仕事をしていたはず。確かに仕事をしていれば、少なくともそこにいる人達からは、必要とされている。って思えるのかもしれない。一人になる恐怖は無いかもしれない。嫌でも、何かに追われる。それだけで、充実感はあるのかもしれない。未知はりりかのことより、つい自分のことを考えてしまっていた。
仕事、結婚。智樹はまだ26歳だ。結婚なんて考えてないだろう。でも、私は、もう来年は29歳。考えないと。私は、結婚したいのだろうか。いや、もちろんいつかは、結婚したい。だけど、結婚して、今の仕事を続けられる?女性はほとんどが寿退社をしている。それが当たり前のような社内の雰囲気の中、それほど起用ではない私が、結婚もし、仕事もする。そんなことができるだろうか。
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