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「話があるんだけど。」
未知は、突然、上司に声をかけられた。
「実は、福岡から、一人東京支社へ転勤できる子はいないかって話があって。あなた、いける?」
「えっ?」
「ここでは、はっきりいって、総合職の何でも屋。あなたもわかっていると思うけど、仕事の量が増えたとしても、これ以上新しいチャレンジはさせてあげられない。でも、東京なら、もっとあなたの活躍できる場所があると思う。」
「・・・」
「あなたもここでの経験はそれなりにしたでしょう。男性なら、まだまだ、だけど、残念ながら、女性というだけで、あなたの年齢くらいになると、もう、と言われてしまう。28?29だったかしら?そんな世の中よ。たぶん、自分でも思ってることだと思うけど、このまま、結婚して、みんなのように寿退社するか、パートで働くか。そんなところ。」
「でも、東京は違うわ。私も、かつて東京にいたからわかるけど、若いうちはいいわよ。」
「人に疲れるし、私ぐらいの年になれば地方で過ごしたくなるかもしれないけどね。やるならこのチャンス逃さない方がいいと思うわ。あなた、最近、仕事をこなすことに疲れてきてる。そうでしょう。それでも、きちんとやってる、責任を持ってね。会社は、そういう人をただ便利に使うだけ。そんなものよ。でも、あなたは、きっともっとできる。私はそう思うわ。」
未知は、この人がこんな風に自分のことを見てくれているとは思いもしなかった。風の噂ですごい人が来ると聞いていたが、実際の彼女は穏やかで、その前のマネージャーとは比較にならないぐらいの存在感のなさだった。
怒ったりすることもなく、責めることもなく、やる気があまりないのかな。ぐらいに思っていた。
「急な話だし、考える時間はあげるわ。当然よ、これからのあなたの人生大きく変わるもの。後悔のない選択をしてほしい。聞きたいことがあったら、なんでも聞いて。」
その夜、智樹と、居酒屋で会っていた。
智樹に、東京の話をしたら、どう思うだろう。
私はどうしたらいいのだろう。
「未知は。どう?」
「えっ、何が?」
「何、聞いてなかったの?」
「今度同期のやつの結婚祝い。奥さん妊娠してからの結婚だったからさ、式できなくて。無事出産して、まあ、お祝い兼ねて、ちょっと集まるか?って。」
「そうなの?」
「それぞれ、パートナー同伴で。って感じなんだよ。どうする?」
「あっ、私は。」
「行きたくない?」
「そいつ、柴崎っていうんどけど、いいやつでさ、同期だけど、未知と確か同じ歳になるんじゃないか。」
「そうなの。」
「未知は結婚したくないの?」
突然の質問だった。
「智樹は、まだ若いし、結婚したいって思わないかなって。」
「未知はしたいのかって聞いてるんだけど。」
「そうね。」
「智樹、私、今日ね、東京に行かないかって言われたの?。」
「はっ?」「なに?」「東京?仕事?出張あるの?」
「転勤の話。」
「は?」「なんで?」
「なんで?って」
「未知はさあ、確かにバリバリ仕事できてて、かっこいいって思ってたよ。そんなところも好きだし。でも、最近は、そんなでもないって感じじゃなかったっけ?いいように使われてるだけ。みたいな。なのに、なんで東京?それこそ、いいように使われるだけだろ。」
「・・・」
「うちの会社は、小さい会社だけど、それなりに楽しいし一生懸命やってるよ。未知、わかるだろ?東京に行くなんて考えられないよ。」
それからの時間は、ただ、ただ、智樹の面白話で過ぎていった。たぶん、東京へは行くな、と、彼なりに伝えたから、それ以上は何も言わないよ。ってことだと思う。
私も自然に笑ってしまう。ひょうきんすぎる彼。私はこんな彼が、大好きだ。彼との時間は笑っていられる楽しい時間。彼と結婚すれば、仕事ばかりに目を向けるのではなく、彼との日々を大事に過ごすだろう。私にとって幸せな選択。きっと、誰もがそう思うはずだ。
「ねえ、智樹」
「智樹の理想の結婚ってどんな感じ?」
「えっ、なんだよ。」
「どーかなー。俺はやっぱり家族みんながいっつも笑ってられる。そういうのに憧れるなー。」
「俺の親父は、割と気難しい人でさ。なんか母ちゃんかわいそうとか思ってた。だから、どっちかってゆうと、何でも話せて、何でも家族で一緒に。みたいのがいーなー。なあ、未知もそう思うだろ。」
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