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「やっぱり奈津美さん。」
まさかと思ったが、視界に彼女の姿が入ってきた。急いで、駆け寄る。
恵斗・・・良子は小さな声でつぶやき、視線の先にこの前の女の姿を、目にした。
「恵斗くん。」
結局、奈津美は彼にまた会いに来てしまった。
「奈津美さん、全然連絡くれなかったのに、どうしたの?」
そこには、あの頃と変わらない、美しい顔があった。
「この前、ここに来て、恵斗くんの絵をみたの。」
「あっ、じゃあやっぱり奈津美さんだったんだ。東京から、来たんじゃないかって。」
「そうね。その時、あそこにいる彼女に会ったわ。」
そういって、良子と呼ばれていた女の子の方へ視線を向ける。
「そっか、そうだったんだ。俺の絵、褒めてくれたって。まあ、奈津美さんなら、納得だよ。」
良子は、いつになくはしゃぐ恵斗をみて、驚いていた。あの人、知り合いなんだ。誰だろう。一体。
「旅して新しい風景を描いてきた。また、少しずつ手を入れて完成させてる。でも、何かが足りない気がするんだよな。」
「見てみていい?」
「もちろんだよ。」
恵斗との時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか良子はその場から姿を消している。二人には、私の姿が見えてないのね。と、腹を立てつつ、良子はその場を離れていた。
「他にもあるの?」
「ああ、見に来る?」
「うん。」
本屋での絵はそのままに、私たちは、彼の部屋へと向かう。不思議と長い年月が経っているようには感じなかった。やっぱり、もう一度ここへ来て良かった。
奈津美さんが言ってくれたから、とにかくたくさんの絵を描き続けたんだ。と恵斗は話てくれた。彼の部屋にあるスケッチブックは、すごい量だった。そのたくさんのスケッチの中から、選ばれた風景が、あんな風に、彼の作品として描かれていくのだ。
本屋には飾られていない作品の中にも素敵な作品がある。奈津美は、
「東京で個展を開かない?」
と、恵斗に言う。
「えっ、奈津美さん、それでにここに来たの?」
「ううん、今のはただの思いつき。」
奈津美は、軽く笑ってみせた。
「良かった。奈津美さん変わらないね。」
「まさかー、変わったわよ。東京に揉まれて、クタクタになって。実は今は福岡にいるんだ。」
「そうなの。でも、かっこいいのは、そのまんまだよ。自然体の奈津美さんがいいんだよ。」
「ありがと。」
また、笑って、立ち上がろうとする奈津美を、恵斗は止めた。そして力をこめて引き寄せた。
奈津美はあわてて、恵斗を押し戻す。
そんな資格は私にはない。
「彼女、本屋さんにいた子。恵斗くんのことよく知ってるみたいね。いろいろ教えてくれたわよ。」
「ああ、良子がファンがまた一人増えたよって。でも、実際は増えてないのか。奈津美はさんは、最初の僕の、ファンだもんね。」
「そうね。あなたの絵、本当に素敵。」
「この前、あの場所に女の人たちがきてたわ。ここがあの絵の風景だって。彼女たちもあなたのファンね。きっと」
「僕のファンじゃなくて、絵のファン。」
「そんなことないわよ。きっと、彼女たちもあなたのルックスに惚れちゃってるはずよ。」
「そういうことじゃなく、僕は絵を見て欲しい。それで十分さ。」
「もちろん、それはそうだけど。でも、かっこいい人が描いてると、より評判になるものよ。」
「でも、そうかー。あの僕たちの場所。他の人が・・。考えなかったな。その場所を実際に見に行こうって人がいるんだね。」
「そうよ、それだけ、その絵が素敵だってことだと思うわ。」
「もう、あの風景は表に出さないでいよう。」
恵斗はそうつぶやく。
それから、恵斗がこの本屋のオーナーになっていたこと。良子が、私達が出会ったあの頃からこの本屋に通っていた女の子だということ。どんな風に過ごしてきたのか、これまでの空白を埋めるように彼はたくさんの話をした。
そして、急に我に返ったように、
「奈津美さんは、いつまでここにいられるの?」
と聞く。
奈津美は、返事に迷ったが、
「まだしばらくは大丈夫。」
とだけ伝えた。
「また、突然居なくなるんだろうね。」
そう、下を向いて聞く恵斗。
奈津美は、こんな私が彼に甘えてもいいのだろうか、と迷いつつ、
「まあ、とにかくしばらくは居るつもりよ。」
と、だけ応える。
(奈津美さんは、ほんとに秘密主義だな。
それが、魅力なんだけど。手に入りそうで入らない。手に入れたつもりでも、安心できない。振り回されっぱなし。でも、とにかく良かった。また会えて。)
何となく、この地を離れられなかったのは、旅に出ても、必ずここへ戻って来ようと思っていたのは、こうやってまた奈津美さんが来てくれる、この日を待っていたんだと思う。恵斗はあらためて奈津美への想いを確信していた。
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