新しい歩み

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『あの男は誰だ?』 久しぶりの峰岡からのメッセージ。それが、この一言。どういうことだろう。りりかは戸惑った。 『出張から帰って来たの?』 あえて、質問には答えない返信を送信する。峰岡から再び返信はなく、代わりに電話が鳴った。 「もしもし。」 「あの男のことを聞いているんだが。ここのところ、君が一緒にいる男だよ。」 「誰って、友達です。」 「浮気か」彼の低いトーン。 「いいえ。」 「ただ、お付き合いしたいと思っています。」 勇気を振り絞って、りりかはこう答えた。 「なんだと。」 「できれば彼とお付き合いしたいと思っています。」 もう一度、りりかは伝えた。 「私とはどうするつもりかね。」 「お別れしようと思います。」 「なぜだ。」 「なぜって。」 「あの男のどこかいい。」 「峰岡さんにとって、私は愛人の一人」 「りり、あの男と寝たのか。」 「いいえ。」 「本当か。」 「ええ。」 「信じられんな、君みたいな美しい女性を抱きたいと思わん男はいないだろう。」 「みんな、あなたと同じじゃないわ。彼は私を大事にしてくれる。」 「私だって大事にしている。」「寂しかったのか?」 「もう一度言うわ。あなたにとって、私は愛人の一人にすぎない。他にも、たくさんいるんでしょ」 「バカな。」 「確かに、妻はいる。それは事実だ。しかし、それは戸籍上の相手だ。それは君も最初から知っていたろう。他には別におらん。」 「嘘よ。私と始めたときも、今も、誰かいるでしょ」 つい、声が大きくなった。別に、愛人が他にいたっていいと思って付き合ってきた。自分も利用するつもりで彼との時間を過ごした。こういう人はどうせ同じことを繰り返す。奥さんだって、好き勝手やってるに違いない。だから、こんなことで責めるつもりなどなかったのに。 「りり、よく聞きなさい。」 「あの男は、結婚しているんだよ。間違いない、私と同じ既婚者だ。しかもまだ子供も小さい。」 一瞬で目の前が真っ暗になった。 優が結婚してる?嘘でしょ。 だって、彼にはいつでも普通に連絡が取れるし、うちに来た時だって、急いで帰らないといけない素振りは一度だってなかった。そんなばかな。 りりかは、優に声をかけられたあの日から、今日までのことを振り返ってみた。 「ところで、今日はどうして、一人でここに来たの?」 「絵をみたいからよ。」 「いつも、一人でくるの。」 「まあ、一人行動は好きな方よ。」 「へえ。珍しいね。」「でも、僕が観察するに、美術館じゃなくても良かった。」 「えっ?」 「今日、作品を見たくてここに来たって感じじゃないよね。」 「それは・・」 そして、なんとなく、峰岡の話をすることになってしまった。正直知らない相手だから話ができたのかもしれない。彼との別れを決意したくて・・。 そして、その時彼は、 「そうかぁ。まあ、女の子としては、お姫様になれるわけだし、悪くはないよね。」 「そうだけど、これでいいのか?このままでいいのか?ってやっぱり思うわよ。」 「付き合いも長そうだね。」 「うーん、かれこれ4,5年になるかも。」 「そんな男が、ずっと付き合うってことは、よっぽど魅力的に思ってるってことだよ。」 「そうなのかしら?都合がいいだけじゃないかな。」 「まあ、確かに男にとっては。」 「やっぱり」 「でも、君が悪いんだ。そうだろう?彼の都合のいい女になってるのは君の意志だ。」 「そうね。ごめんなさい、こんな話。忘れて。」 「忘れられないよ。苦しんでるんだろ?」 「・・・」 そういって、私を助けてくれると言った。 私は、優にとっても、都合のいい女に見えたのだろうか。 夏のことを話した時も、浮気している信也さんに、真剣に怒っていた。なのに、彼が既婚者なんて。考えられない。
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